物語雳
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·読了目安 14分脇役

竜は孤独を手放さなかった

死火山の火口から地底世界へ挑む地質学者と甥、案内人。太古の孤独の中で生き続ける名もなき竜は、正体を明かさぬまま三人を守り抜き、脱出の代償に自ら坑道を閉ざして、誰にも知られぬ孤独へと還っていく。

一 羊皮紙の夜

古書店の奥の棚は、いつも埃と黴の匂いに満ちていた。ハーゲン教授がその日、無造作に積まれた反古紙の山から一枚の羊皮紙を抜き出したのは、ほとんど気まぐれからだった。地質学の講義を終え、休暇のたびに古書漁りを趣味にしてきた教授にとって、それは書棚の隙間に何十年も眠っていた、ありふれた掘り出し物のはずだった。ところが折り畳まれた紙を広げ、内側に見慣れぬ古語の文字列を見つけたとき、教授の指先は小さく震え始めた。

「トビアス、蝋燭をもっと近くへ」

甥のトビアスは、伯父の声にただならぬものを感じて、卓上のランプを引き寄せた。若く、まだ大学を出たばかりの彼は、古書の匂いよりも屋外を駆け回ることの方が性に合っていたが、伯父の呼び出しには逆らえなかった。羊皮紙に躍る文字は、一見すると意味のない記号の羅列だったが、幾晩も置き字と逆読みを繰り返した末に、教授はついにその暗号を解いた。そこに記されていたのは、遠い北の死火山「グラウフェル」の火口から地の底へと至る道筋だった。

「馬鹿げている」とトビアスは笑おうとしたが、伯父の目に浮かぶ光を見て、笑いは喉の途中で消えた。書斎の壁一面を埋め尽くす地質標本の棚、その奥で燃える暖炉の火が、教授の横顔に赤々とした陰影を刻んでいた。

「馬鹿げていようがいまいが、確かめずにいられるものか。地の底に何があるか、誰も見た者がいない。それを見に行かずして、何のための学問か」

その夜、トビアスは奇妙な夢を見た。見渡す限りの暗闇の中、遥か下方から、地鳴りとも咆哮ともつかぬ低い音が響いてくる夢だった。夢の中で彼は、その音に向かって手を伸ばそうとしたが、指先はどこまでも暗闇を掻くばかりで、何にも触れられなかった。目が覚めても、耳の奥にその余韻がこびりついて離れず、しばらくの間、掛け布団の中でじっと息を潜めていた。窓の外では、いつもと変わらぬ町の灯りが揺れているだけだった。

出発の支度を整える教授は、北方の孤島育ちの案内人アルヴィを雇い入れた。寡黙で、表情をほとんど動かさない男だったが、山と洞窟についての知識は誰よりも深く、これまで幾つもの探検隊を無事に導いてきたという評判だけが、彼の実力を物語っていた。

「グラウフェルの火口の奥には、誰も行ったことがない」とアルヴィは、荷造りの手を止めずに言った。「昔から、あの山の下には何かがいる、と語り継がれている。行くなというのが、島の年寄りたちの教えだ」

「迷信だろう」と教授は取り合わず、地図を広げて航路の確認を続けた。「地質学に、精霊も怪物も要らない」

アルヴィはそれ以上何も言わず、ただ荷袋の紐を固く結び直しただけだった。トビアスはその横顔に、単なる迷信深さとは違う、何か静かな確信のようなものを見た気がした。

出発の前夜、トビアスはアルヴィに、なぜ危険を承知でこの依頼を受けたのかと尋ねた。アルヴィはしばらく黙り込んでから、静かに答えた。

「行くなと言われて育った場所ほど、一度は自分の目で確かめておきたくなるものだ。それに――」アルヴィは言葉を切り、窓の外の暗い海を見やった。「言い伝えを、ただの迷信で終わらせたくない気持ちもある」

その言葉の意味を、トビアスはまだ半分も理解できずにいたが、なぜかそれ以上問い返す気にはなれなかった。三人を乗せた馬車が北へ向けて走り出す朝、空はどこまでも晴れ渡っていたが、遠い山並みの向こうから、風に乗ってかすかな地鳴りが届いたような気がして、トビアスは思わず振り返った。むろん、そこには何もなく、街道沿いの木々が風に揺れているばかりだった。それでも彼は、上着の襟を無意味にかき合わせずにいられなかった。

二 光なき回廊

グラウフェルの火口は、想像していたよりもずっと深く、ずっと荒々しかった。切り立った黒い岩壁が幾重にも重なり合い、硫黄の匂いを含んだ風が、絶えず下から吹き上げてくる。三人は縄梯子を伝い、岩肌を削って作られたとおぼしき狭い坑道へと降りていった。松明の炎だけを頼りに、幾日も幾日も、地の底へ底へと進み続けた。

道は幾度も分岐し、行く手を阻む崩落跡や、底の見えない亀裂に阻まれた。そのたびに教授は羊皮紙の暗号を読み直し、正しい道を選び直した。荷物は日を追うごとに軽くなり、水袋の残量を確かめる教授の手つきも、次第に慎重になっていった。だが不思議なことに、選んだ道の先で崩れかけていた岩棚が、なぜか三人が通り過ぎたとたんに音を立てて崩れ落ちたり、真っ暗な分かれ道の片方からだけ、かすかに新鮮な風が吹いてきて進むべき方角を教えてくれたりした。

「運がいいな、我々は」とトビアスが疲れた声で笑うと、アルヴィは首を振った。

「運ではない」

「では何だと言うんだ」

アルヴィは答えず、ただ松明を掲げて暗闇の奥をしばらく見つめていた。北方の島には、深い洞窟や氷河の奥に「深淵の主」と呼ばれる存在が棲むという言い伝えがあるのだと、彼はその晩、焚き火を囲みながらぽつりぽつりと語った。姿を見た者は誰もいない。ただ、迷った旅人が理由もなく無事に戻ってくるとき、島の老人たちは「深淵の主に見逃してもらえたのだ」と口にするのだという。

「見逃す、ではなく、守るという話もある」アルヴィは付け加えた。「島の一番の年寄りは、そう言っていた。見逃されるのと、守られるのとでは、意味がまるで違う、と」

「守る、か」教授は鼻を鳴らした。「地質学に、そんな主体は必要ない。気圧の差、地下水脈、自然の摂理で説明がつく。崩落の音は振動の伝播だ。風向きは坑道の構造による当然の結果だろう」

トビアスは伯父の合理主義を頼もしく思う一方で、夜ごと聞こえてくる、地の奥からの低い音――夢の中で聞いたものとよく似た音――が、単なる自然現象だと割り切れずにいた。眠りの浅い夜、彼は幾度も目を開け、暗闇の向こうに何か大きなものの気配を感じては、松明の炎を無意味に掻き立てた。

幾日目かの朝、坑道を抜けた先に、ついに一行は途方もない光景を見た。天井知らず高く広がる大空洞、そこに満ちる淡い燐光。巨大な茸の森が地平線まで続き、その向こうには、燐光に照らされた大海が静かに波打っていた。燐光の大海。誰も名付けたことのないその海を前に、三人はしばらく言葉を失った。潮騒に似た音が、遠くから絶え間なく響いていた。

「これほどのものが、地の底に……」教授は震える声で呟き、震える手で手帳に光景を書き留めた。トビアスは巨大な茸の傘の下に立ち、見上げる自分の背丈がひどく小さく感じられるのを覚えた。傘の裏側からは、燐光を帯びた胞子のようなものが絶えず舞い降り、暗い大気の中を蛍のように漂っていた。足元の岩には、見たこともない色の苔がびっしりと張りつき、踏むたびにかすかな光の粒をこぼした。

「まるで、時が止まった場所だ」トビアスは呟いた。地上の季節も、暦も、ここには一切届いていないように思えた。アルヴィは黙って水際にしゃがみ込み、燐光の大海に指先を浸してみせた。冷たさの中に、かすかな温もりが混じっているのを感じ取ったのか、彼は眉をひそめてしばらく水面を見つめていた。

「地下水が地熱で温められているだけだ」教授はすぐさま説明を加えたが、その口調には、目の前の光景の大きさに気圧されたような硬さがあった。三人は野営の支度を整えながら、この途方もない空洞がどこまで続いているのか、誰ともなく想像を巡らせずにはいられなかった。

その大海の最も深い場所、光の届かぬ漆黒の底で、ひとつの意識が身じろぎした。

何百万年もの間、そこには誰も訪れなかった。竜は、大陸が形を変え、海が満ち引きを繰り返す様を、ただ独りで見届けてきた。知性を持つ生き物との触れ合いを絶たれてから、あまりに長い歳月が過ぎ、竜はもはや孤独という言葉の意味すら忘れかけていた。だがこの日、遥か頭上、光の届く浅瀬の方から、これまで聞いたことのない三つの声が、微かに響いてきた。竜は暗闇の中で、ゆっくりと首をもたげた。それは、覚えている限り最も久しい、胸の奥がざわめく感覚だった。

三 忘れられた深淵の主

竜が最後に誰かと言葉を交わしたのがいつだったか、竜自身にはもう思い出せなかった。地上から差し込む光すら届かぬ深みで、竜はただ独り、絶え間なく形を変える岩と水の記憶だけを友としてきた。悪意など、遠い昔に忘れてしまった。ただ、誰かに気づいてほしいという渇望だけが、埋み火のように胸の奥に残り続けていた。何百万年という歳月は、竜にとってさえ途方もない長さだった。潮が満ち、地殻が軋み、頭上の海面に映る光の色が幾度となく移り変わるのを、竜はただ数えるでもなく眺め続けてきた。

浅瀬の方から響く三つの声を聞いて以来、竜は闇の中を音もなく漂い、その声の主たちを遠くから見守るようになった。彼らは倒木を集めて筏を組み、燐光の大海を渡ろうとしていた。危ういほど頼りない筏だった。竜は、彼らの行く手にわだかまる暗礁の位置を知っていた。彼らが知らぬまま乗り上げそうになるたび、竜はそっと水底の岩を撫で、流れをほんの少しだけ変えてやった。人間たちはその介入に気づかず、ただ「運がいい」と言い合うだけだった。

トビアスたちが茸の森の縁で野営をしたある晩、アルヴィは焚き火の向こうの暗闇にじっと目を凝らしていた。

「見られている」

「何を言い出すんだ」トビアスは苦笑した。

「昨日からずっとだ。悪意はない。だが、確かに何かがこちらを見ている」

教授は取り合わず、地質図に何かを書き込み続けていたが、その手が一瞬止まったのを、トビアスは見逃さなかった。伯父もまた、口には出さぬながら、この地底世界のどこかに、説明のつかない何かの気配を感じ取っているようだった。

「気のせいだ」教授はようやくそう言ったが、その声には、いつもの確信が幾分か欠けていた。「それとも、我々は誰かに監視されるほど、この世界にとって重要な存在だとでも言うのかね」

「そうは言っていない」アルヴィは静かに答えた。「ただ、監視と、見守りは違う。島の言い伝えでは、深淵の主は迷える者を憎まない。ただ、寂しがっているだけだという話もある」

トビアスは焚き火の爆ぜる音を聞きながら、その言葉を胸の内で繰り返した。寂しがっている――そんな途方もない存在を想像すること自体が、彼にはひどく奇妙に思えた。だが同時に、この光なき世界の広大さを思うとき、そこに独り取り残された何かがいるという考えは、不思議なほどしっくりと胸に馴染んだ。

竜は、三人が野営を組むたびに、少し離れた暗礁の陰に身を潜め、水面越しに焚き火の揺らめきを見つめた。炎という現象を、竜はもう幾百万年も目にしていなかった。かつて竜自身も、火山の熱を浴びて眠りについた記憶があるが、それはあまりに遠い過去のことで、もはや実感を伴わなかった。三人の焚き火が放つ、頼りなく、それでいて確かな熱の気配は、竜の胸の奥に眠っていた何かを、少しずつ揺り起こしていくようだった。

竜にとって、彼らの何気ない仕草のひとつひとつが、途方もなく貴重なものだった。トビアスが焚き火の傍らで冗談を言い、アルヴィが短く頷き、教授が眉を寄せて考え込む――そうした何でもない光景を、竜は暗闇の底から、瞬きも忘れて見つめ続けた。声に出して呼びかけたい衝動が、幾度となく込み上げた。彼らの言葉を真似て喉を鳴らしてみたこともあった。だが、竜は自らの巨躯を思い出すたびに、その衝動を押し殺した。

何百万年も昔、竜がまだ若かった頃、地上の生き物たちは竜の姿を見るなり、恐怖に駆られて逃げ惑うか、槍を手に襲いかかってくるかのどちらかだった。その記憶だけは、竜の中でいまだ鮮明だった。姿を見せれば、この束の間の触れ合いさえ、恐怖によって壊れてしまうかもしれない。それだけは、竜には耐えられそうになかった。

だから竜は、姿を見せぬまま、ただ守ることだけを選んだ。それは代償を求めぬ献身であり、同時に、竜がこの孤独な永劫の中で見つけた、たったひとつの生きる意味でもあった。夜ごと、竜は彼らの寝息を遠くから聞き、朝ごとに、彼らが無事に目覚めるのを見届けてから、ようやく自らも深い底へと戻っていくのだった。

四 咢を交える巨獣たち

筏が燐光の大海の中ほどに差しかかった頃、水面が突如として大きくうねった。海面を割って現れたのは、太古の姿をそのまま留めた二頭の巨大な水棲爬虫類だった。長い首を鞭のようにしならせ、互いに縄張りを主張するかのように、長い顎を打ち鳴らし、牙を剥き合っている。筏はその余波を受け、木の葉のように激しく揺れた。

「舵を切れ!」教授が叫んだが、荒れ狂う波の中で、アルヴィの櫂はほとんど役に立たなかった。二頭の巨獣の戦いは筏のすぐそばで繰り広げられ、巻き起こる水柱が、容赦なく三人に降りかかった。一頭の巨獣の尾がすぐ傍らの水面を叩き、その飛沫がトビアスの頬を鋭く打った。もう一頭が咆哮とともに相手の首筋に牙を突き立て、燐光の海面が赤黒く染まっていく様を、トビアスは恐怖に凍りついた目で見つめていた。筏の縁にしがみつきながら、これで終わりかもしれないと、頭の片隅で覚悟を決めかけていた。

そのとき、闇の底から、何か途方もなく大きなものが筏の下を静かに通り過ぎた。三人はその気配に息を呑んだが、正体を見定める間もなく、筏は横向きの水流に押されるようにして、巨獣たちの戦いの圏外へと滑り出た。転覆する寸前だった筏が、まるで見えない手に支えられたかのように、静かな水面へと運ばれていく。しばらくして波が凪ぐと、三人はただ荒い息をつきながら、互いの無事を確かめ合うことしかできなかった。トビアスの手は震え、握りしめていた櫂を取り落としそうになっていた。

「今のは……」トビアスが震える声で言った。

「筏が、勝手に流れを変えた」教授は言いかけて、口をつぐんだ。地質学者としての彼の理性が、目撃した現象を「海流の偶然」で片付けようとしていたが、その説明が自分自身を納得させられていないことを、教授自身が誰よりもよく分かっていた。彼は濡れた手帳を握りしめたまま、しばらく何も書き込むことができなかった。

トビアスは濡れた前髪をかき上げながら、なおも震える手で筏の縁を握りしめていた。二頭の巨獣は、なおも遠くで咆哮を上げ、水面を叩き合っていたが、その音はもう三人を脅かすものではなく、ただ遠雷のように響くだけだった。

「見たか、あの下を通り過ぎた影を」トビアスが声を潜めて言った。

「見た」教授は短く答えた。それ以上、言葉が続かなかった。学者としての矜持と、目の当たりにした現実との間で、彼の理性はしばらくの間、行き場を失っていた。

アルヴィだけが、静かに闇の奥へ向かって頭を垂れた。

「礼を言う。誰であれ」

その言葉に応える声はどこからも聞こえなかったが、竜は暗闇の底で、その一言をいつまでも胸の奥に刻みつけていた。誰かに向けて捧げられた感謝の言葉を受け取ったのは、竜にとって、途方もなく久方ぶりのことだった。その温もりに似た感覚を、竜はしばらくの間、どう受け止めればよいのか分からずにいた。

だが安堵する間もなく、地の奥から、これまでとは違う質の轟きが響き始めた。岩の裂け目から立ち上る熱気、遠くから伝わる断続的な振動――竜には、それが何を意味するのか痛いほど分かっていた。グラウフェルの奥深く、長く眠っていた火山性のガスが、目覚めようとしていた。竜はその振動を体の芯で感じ取りながら、初めて明確な焦燥を覚えた。この場所は、もう長くは持たない。

五 塞がれた道

「引き返さねば」アルヴィが低く言った。「この揺れは、山が目を覚ます前触れだ」

三人は筏を岸に寄せ、来た道を急ぎ引き返そうとしたが、通り抜けてきたはずの坑道は、既に幾つもの箇所で崩れ始めていた。頭上から降り注ぐ砂礫、足元を伝う震動。教授は羊皮紙を握りしめ、記憶にある限りの分岐を辿ろうとしたが、崩落によって道そのものが刻一刻と姿を変えていく。熱気を帯びた風が坑道の奥から吹き上げ、松明の炎を大きく揺らした。

「もう駄目だ」トビアスが叫んだとき、頭上の岩盤が大きく撓み、今にも崩れ落ちようとしていた。教授がとっさにトビアスの肩を掴んで引き寄せたが、それだけでは到底間に合わない大きさの崩落だった。

その刹那、暗闇の中から巨大な影が音もなく現れ、崩れゆく岩盤を、自らの背と両肩で押し留めた。轟音とともに落ちてくるはずだった岩の塊が、その巨躯にぶつかり、砕けて周囲に散った。三人は初めて、その姿の一端――闇の中に浮かぶ、途方もなく大きな鱗の輪郭と、一瞬だけ煌めいた金色の瞳を目にした。だが驚愕と混乱の中、その姿をしかと見定める暇はなかった。

「今だ、走れ!」

竜の声なき意志が、まるで直接語りかけたかのように、三人の背を押した。トビアスは伯父の腕を引き、アルヴィが先頭に立って、崩落の隙間に開いた狭い道を駆け抜けた。振り返る余裕さえなかった。背後で岩が崩れ落ちる轟音と、何か途方もなく重いものが軋む音が、幾重にも重なって響いた。足元が何度も揺れ、頭上から降る砂礫が肩を打った。

三人が坑道を抜け出た瞬間、噴き上げるガス圧が彼らの体を捉え、垂直に伸びる火道を凄まじい速さで押し上げていった。耳をつんざく轟音、肌を焼く熱風、目まぐるしく変わる圧力に、トビアスは幾度も意識を手放しそうになった。教授は羊皮紙をきつく懐に押し込み、アルヴィはトビアスの腕を最後まで放さなかった。長い長い上昇の果てに、三人は南方の海に浮かぶ小島、紅蓮山の火口から、噴煙と共に地上へと吐き出された。目もくらむ熱と轟音の中、気を失いかけながらも、三人はどうにか火口の縁に転がり出た。

目を開けたとき、三人が見たのは、穏やかな陽光と、遠くに広がる青い海だった。潮風が頬を撫で、鳥の声が遠くから聞こえてきた。地の底での出来事が、まるで長い悪夢だったかのように思えた。だが、坑道の奥で最後に見た、あの一瞬の金色の瞳の残像だけは、どうしても消えなかった。

「あれは、何だったのだろうか」トビアスが尋ねても、教授は答えを持たなかった。彼は焼け焦げた手帳を開き、何かを書き記そうとしたが、結局は何も書かず、そっと閉じた。ただ、地質学者としての理性では説明のつかない何かに、確かに守られていたという実感だけが、三人の胸に残り続けた。

坑道の奥では、崩れ落ちた岩盤が三人の通り道だけを開けたまま、竜の巨躯もろとも、静かに閉ざされていった。竜は最後まで、自らの姿を人間たちにさらすことを選ばなかった。それは恐怖ゆえの隠遁ではなく、束の間の触れ合いを守り抜くための、竜自身の選択だった。瓦礫の向こうに再び訪れる完全な暗闇の中で、竜はゆっくりと目を閉じた。

孤独は、以前とは違う手触りをしていた。もう二度と、あの三つの声を聞くことはないだろう。それでも竜は、その孤独を厭うことをやめた。誰かに気づかれることを望んでいたはずのこの身が、最後には誰にも知られぬまま、誰かを守り抜くことを選んだのだ。それだけで十分だと、竜は静かに思った。感謝の言葉ひとつだけを胸に抱いて、竜は再び、永劫とも思える孤独の底へと、自ら還っていった。

地上に戻った三人は、それぞれの土地へと帰り、地底で目にした光景を、学会でも家族の前でも、多くは語らなかった。語ったところで、誰も信じはしないと分かっていたからだ。教授は生涯、あの燐光の大海についての論文を一本も書かなかった。書けば必ず、あの金色の瞳について問われることになると分かっていたからかもしれない。トビアスだけは、何年か経った後も、夜更けにふと目を覚ますたび、遠い地の底で自分たちを見送った何かのことを思い、静かに天井を見上げることがあった。

アルヴィだけは、故郷の島に戻ってから、深い洞窟の前を通るたびに、誰にともなく静かに頭を垂れるようになったという。何を守り、何に感謝しているのか、彼自身、はっきりと言葉にすることはなかった。ただ、島の子どもたちに洞窟の話を語り聞かせるとき、彼は決まって最後にこう付け加えるのだった。「深淵の主は、寂しいだけで、恐ろしいものではない」と。それが本当かどうか、確かめる術は、彼にも、誰にもなかった。

教授は晩年、誰にも見せない私的な手記の中にだけ、あの燐光の大海と、坑道の奥で見た金色の瞳について、簡潔な一文を書き残していた。「我々が生還し得たのは、幸運のみによるものではないと、私は今も信じている」。手記は彼の死後、遺品の中から見つかったが、その真意を確かめる術を持つ者は、もう誰も残っていなかった。

あとがき

ジュール・ヴェルヌ「地底旅行」は、地質学者リーデンブロック教授が、古いアイスランド語の暗号を解読し、甥のアクセルと案内人ハンスとともに死火山の火口から地球の中心へと下り、発光する地底世界と巨大な地底海、太古の生物たちと遭遇したのち、火山性のガス圧によって地上へと押し上げられ生還する冒険小説の古典である。地底海での巨大爬虫類の激闘や、遠方に見え隠れする謎めいた影といった、原作にもともと備わる神秘性とスケールの大きさが、本作の着想の土台になっている。

本作では、地底海のさらに奥、誰も足を踏み入れたことのない最深部に、太古から独りで棲み続ける名もなき竜を配置した。知性ある者との接触を何百万年も絶たれ、悪意も見返りへの期待も持たぬまま、ただ「誰かに気づいてほしい」という渇望だけを抱き続けてきた竜が、姿を見せぬまま教授一行を見守り、危機を救い、最後には自らの躯で坑道を支えて彼らを逃がし、その孤独へと自ら還っていく結末を描いた。地名・人物名・道具立てはすべて独自に創作し、原作の展開やプロットの大枠を参照しつつ、文章表現の直接的な翻訳や逐語引用は行っていない。


本作はジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)著『Voyage au centre de la Terre(地底旅行)』を参考にした翻案作品です。

本作はジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)の『Voyage au centre de la Terre(地底旅行)』を参考にした作品です。原典