物語雳
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·読了目安 14分脇役

竜は最後の灯りを絶やさなかった

青い鳥を探す旅に出た木こりの兄妹に、暖炉の残り火から目覚めた仔竜が同行する。暴走すれば一行を焼き尽くしかねない危うさを抱えながら、竜は誰よりも忠実に二人を守り抜く。

一 灰色の屋根の下で

木こりの家は、村はずれの坂道を下りきったところに建っていた。壁板は隙間だらけで、冬の夜ともなれば隙間風が蝋燭の炎を絶えず揺らす。屋根の上ではきしむ音がひと晩中止まず、雪の重みに耐えかねた梁が時折り小さく軋んだ。兄のカイは十二歳、妹のスミレは八歳。二人はいつも、寝台代わりの藁の上で身を寄せ合って眠りについた。

その夜はクリスマス・イヴだった。通りを挟んだ向かいには、村一番の商家の屋敷が建っている。窓という窓に蝋燭が灯され、金色の光が雪道にまで零れ落ちていた。カイとスミレは、破れた雨戸の隙間からその光景を覗き見ていた。

「見て、あんなにたくさんの灯り」

スミレが囁く。窓の奥では、白い天蓋の寝台に横たわる少女の姿が見えた。あの屋敷の一人娘、アオイだ。生まれつき体が弱く、めったに人前に出ないという評判だったが、今夜だけは家族に囲まれ、微かに笑っているように見えた。

「うちにはあんな灯り、一つもないのにね」

カイの声には、羨みよりも諦めに近い響きがあった。父のタツは山の仕事で怪我をして以来、思うように稼げずにいる。母のハルは繕い物の内職に根を詰め、いつも指先に絆創膏を巻いていた。今夜の夕餉も、いつもより少しだけ具の多い薄い汁だけだった。

「贅沢を羨んではいけないよ」

母がそっと二人の肩に手を置いた。「贅沢の灯りより、ずっと大事な灯りが、うちにもちゃんとあるんだから」

村では、あの屋敷の娘が長患いだという噂がいつからか広まっていた。医者を何人呼んでも匙を投げ、遠国から高価な薬を取り寄せても効き目はないという。裕福でありさえすれば幸せなわけではないのだと、子供心にもカイはぼんやり察していた。

母が指したのは、暖炉の中でくすぶる小さな熾火だった。薪を惜しんで細くしてある分、頼りなく揺れているその赤い光を見つめながら、カイは何も言わずに頷いた。

足元では、年老いた飼い犬のクロが、二人の膝に鼻先を擦り寄せていた。この家に嫁いできた頃の母が拾ってきたという老犬で、耳は片方垂れ、歩みも遅くなっていたが、夜になるといつも二人のそばを離れず眠りについた。「贅沢はなくても、このぬくもりだけは負けない」と、母は半ば冗談めかして笑うのが常だった。

やがて家族が寝静まった頃、扉を叩く音がした。開けてみると、隣に住む腰の曲がった老婆、ベリユが杖をつきながら立っていた。日頃から薬草を届けてくれる、村では変わり者と噂される人だったが、今夜のベリユはどこか纏う空気が違っていた。頭巾の下から覗く目には、蝋燭の炎よりも強い光が宿っている。

「アオイのために、青い鳥を探しに行ってほしいのです」

ベリユは静かにそう告げた。「あの子の病は、薬でも祈りでも届かない深いところにある。けれど、本物の青い鳥を胸に抱かせれば、きっと目を覚ますでしょう」

戸惑うカイとスミレに、ベリユは古びた頭巾を差し出した。かぶれば、物に宿る魂の姿が見えるようになるという不思議な頭巾だった。それから彼女は、暖炉の熾火に向かって杖を軽く振った。

赤い光が音もなく膨らみ、やがて人の腕ほどの大きさの、橙色の鱗を持つ仔竜へと姿を変えた。丸い金色の瞳が、寝ぼけたようにゆっくりと瞬く。

「……呼んだ?」

「焔、目を覚ましておくれ。この家の灯りを分けてもらって、二人の道連れになってほしいのです」

仔竜――焔と呼ばれたその竜は、あくびを一つしてから、伸びをするように翼を広げた。次の瞬間、その姿は人の少年のように輪郭を変え、また瞬きの間に竜へと戻った。人とも竜ともつかぬ、気まぐれな姿を行き来できるらしい。

「暖炉の番くらいしかしてこなかったのに、旅なんて。まあ、退屈よりはましか」

軽い調子で言う焔に、ベリユは笑わずに釘を刺した。

「焔、お前の中の炎は、この家の誰よりも強い。守るために使えば頼もしいが、怒りに任せて解き放てば、この子たちごと何もかも灰にしてしまう力だと、忘れないように」

焔は一瞬だけ目を伏せたが、すぐにいつもの調子に戻り、カイとスミレに向かって小さく笑いかけた。

「大丈夫、灰になんかしないよ。――多分、ね」

その「多分」という一言に一抹の不安を覚えながらも、カイとスミレは頭巾を被り、旅支度もそこそこに、焔とともに夜の戸口をくぐった。

二 思い出の国にて

戸を一歩出ると、そこはもう見知らぬ道だった。灰色の霧が足元に渦を巻き、抜けた先には、懐かしい面影を残す小さな家が建っている。カイとスミレが幼い頃に何度も訪れた、祖父母の家だった。

「ここ……お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの」

「もう二人とも、いないはずなのに」

戸惑う二人の背を、焔がそっと押した。

「思い出の国、ってところらしい。呼べば、会える。ここでは、そういう決まりみたいだ」

恐る恐る戸を叩くと、中から現れたのは、記憶にあるままの、少し腰の曲がった祖父と、丸い眼鏡をかけた祖母だった。二人は驚く様子もなく、まるで昨日も会ったばかりのように孫たちを迎え入れた。

家の中は、記憶の通りに乾いた薬草と焼き菓子の匂いがした。壁には古びた編み籠が掛かり、窓辺には祖母が丹精込めていた鉢植えが、枯れることもなく緑を保っている。時が止まったような、それでいて息づいているような、不思議な家だった。

暖かい暖炉のそばで、祖母はスミレの好物だった木の実のパイを焼いてくれた。祖父はカイの肩を叩き、大きくなったなと目を細めた。焔は隅の方で丸くなり、時折り薪がはぜる音に耳をぴくりと動かしながら、その団欒を静かに見守っていた。

「お前さんは、この子らの新しい連れかい」

祖父に問われ、焔は少し居住まいを正した。

「連れというか、道案内というか……まあ、そんなところです」

「良い目をしている。守りたいものを守れる目だ」

祖父の一言に、焔は照れくさそうに鼻先を掻いた。誰かにそう評されたのは、生まれて初めてのことだった。

「私たち、青い鳥を探しているの。ここにはいない?」

スミレの問いに、祖母は微笑んだまま首を振った。

「その鳥は、思い出の中にはいないよ。思い出は、探しに来なくても、こうしていつでもここにあるものだからね」

祖母の言葉に、カイはふと父と母の顔を思い浮かべた。貧しさに疲れた表情の奥にも、こうして変わらず灯り続けているものがあるのかもしれない。そう思うと、旅の目的が少しだけ、はっきりと輪郭を持ち始めた気がした。

やがて夜明けを告げる鶏の声が遠くで響くと、家も祖父母の姿も、霧の中へ溶けるように薄れていった。名残惜しそうに手を振るスミレの目に涙が滲むのを見て、焔は珍しく茶化すこともせず、そっと隣に寄り添った。

「寂しいのは、悪いことじゃない。ぼくには、思い出す顔も、思い出してくれる誰かもいなかったから、ちょっと羨ましいくらいだ」

その言葉に、カイは少し驚いたように焔を見た。暖炉の熾火から生まれた竜には、そもそも故郷と呼べる場所がないのかもしれない。そう思うと、この気まぐれな道連れが、急に近しいものに感じられた。

三 夜の館、亡霊の間

霧が晴れた先に現れたのは、黒々とした館だった。窓という窓が固く閉ざされ、扉の前には燭台一つ持たない、影のように輪郭の曖昧な番人が佇んでいる。「夜」と呼ばれるその番人は、来訪者を歓迎する様子もなく、低い声で問うた。

「青い鳥が欲しいと? この館の奥には、誰も好んで開けたがらない部屋がいくつもある。それでも進むというのか」

「アオイのためです。お願いします」

カイが頭を下げると、夜はしばらく沈黙したのち、渋々といった様子で扉を開いた。廊下の両側に並ぶ扉の向こうから、うめき声にも似た風が漏れ聞こえる。冷え切った石畳を進むたび、足音が異様なほど大きく反響し、スミレは思わず焔の尾にしがみついた。

「恐怖の間、病の間、そして――戦の亡霊たちの間だ。開ければ、閉じ込めていたものが解き放たれる。自己責任だと言っておくぞ」

一つ目の扉を細く開けると、そこには痩せこけた人影がいくつも横たわり、うめき声を上げていた。病の間だった。青白い顔をした人影の中に、アオイによく似た輪郭を見つけた気がして、スミレは思わず息を呑んだ。焔はその場に踏み込もうとするカイとスミレを押しとどめた。

「ここのものは、力でどうにかできる相手じゃない。長居は無用だ」

焔の忠告に従い、三人はすぐさま扉を閉じ、先へと進んだ。廊下の奥、ひときわ重い気配を放つ扉の前で、夜が念を押すように告げる。

「次は、戦の亡霊たちの間だ。ここだけは、そう容易くは済まないだろう」

夜がそう言い終わるより早く、その扉が独りでに軋みながら開いた。中から溢れ出したのは、朽ちた鎧をまとった亡霊たちの群れだった。かつての戦で命を落とした者たちの怨嗟が、形を得て襲いかかってくる。

「スミレ、下がって!」

カイが妹を庇うように前に出た瞬間、焔の体が眩いばかりの橙色の光を帯びた。人の姿から竜の姿へ、瞬時に切り替わる。

「――ここは、ぼくがやる」

焔の口から迸った炎が、亡霊たちの群れを一息に薙ぎ払った。だがその勢いは、焔自身が思っていたよりもずっと激しかった。廊下の壁が焦げ、天井の梁がみしみしと軋む。カイとスミレの髪すら焦がしそうな熱波に、焔ははっと我に返った。

このまま解き放ち続ければ、亡霊だけでなく、この館も、カイとスミレも、灰にしてしまう。ベリユの警告が、焔の脳裏を稲妻のようによぎった。

焔は歯を食いしばるようにして、膨れ上がる炎の奔流を己の喉元で堰き止めた。全開にすれば呆気ないほど楽に片付く相手を前に、力の九割を殺してでも狙いを絞り抜くというのは、思っていた何倍も苦しい作業だった。鱗の隙間から蒸気にも似た熱が漏れ、焔は小さく呻いた。それでも狙いは違えず、亡霊たちだけを的確に焼き尽くしていく。

崩れ落ちた鎧の欠片が、灰となって廊下に散らばっていく。壁の焦げ跡からは、まだ薄く煙が立ち上っていたが、館そのものは辛うじて形を保っていた。館の奥がしんと静まり返った頃には、焔は肩で息をしながら、廊下の床にへたり込んでいた。

「大丈夫? 無理してない?」

スミレが駆け寄って声をかけると、焔は苦笑いを浮かべた。

「無理は、してる。全部出しちゃった方が早かったんだけど……お前たちごと消し炭にするわけには、いかないだろ」

その一言に、カイは胸の奥が熱くなるのを感じた。暴走すれば恐ろしい力を持つ竜が、それでもなお加減という一番難しいことを選び続けている。ただ強いだけではない、その危うさごと引き受けてくれる存在に、いつしか兄妹は深い信頼を寄せ始めていた。

スミレは焔の焦げた鱗にそっと手を触れ、水筒の水を分けてやった。焔はくすぐったそうに身をよじりながらも、大人しくその手を受け入れていた。

亡霊たちの間の奥、鳥籠の中には確かに青みがかった鳥がいたが、外の光に触れた途端、その羽の色は褪せ、ぐったりと動かなくなってしまった。夜が静かに告げる。

「ここの青い鳥は、恐怖から生まれた偽物だ。本物は、もっと別の場所にいる」

肩を落とすカイとスミレを、焔がそっと促した。

「まだ、探し足りない場所がある。行こう」

四 裏切りの森

夜の館を後にした一行は、深い森へと迷い込んだ。焔は疲れを見せまいと気丈に振る舞っていたが、鱗の艶にはまだ夜の館での消耗が色濃く残っていた。

その森には、かつて人間に伐られ、狩られてきた木々や獣たちの怨みが澱のように溜まっていた。木々は葉擦れの音で人間の悪口を囁き合い、獣たちは薄闇の奥から絶えず三人を睨め付けていた。それでも、道中いつの間にか加わっていた一匹の森の猫だけは、しなやかな仕草で三人にすり寄り、道案内を買って出てくれていた。

「この先は足場が悪いから、こちらの道を行くといい」

猫はそう言って、いかにも親身な顔で三人を先導した。カイもスミレも、その甘えるような声にすっかり気を許していた。だが夜が更け、一行が焚き火のそばでまどろみ始めると、猫は音もなく身を翻し、木立の奥へと姿を消した。

親しげな顔の裏で、猫は道中ずっと、人間への恨みを煮え立たせる森の獣たちに一行の居場所と隙を密告し続けていたのだ。焚き火から少し離れた暗がりで、猫は集まった獣たちに向けてしゃがれた声で告げた。

「あの子たちは、竜さえいなければ、ただの弱い人間の子だ。竜も夜の館で力を使い果たして、今はろくに動けないはず。今夜が好機だよ」

「猫よ、お前は本当にそれでいいのか。あの子たちは、お前にも分け隔てなく食べ物を分けてくれただろう」

年老いた大熊が低く唸るように問うたが、猫は前足で顔を撫でながら素っ気なく答えた。

「情に絆されていたら、この森では生きていけない。人間はいつだって、自分たちに都合の良い時だけ優しい顔をするものさ」

猫の囁きに、森の獣たちの目が闇の中で一斉に光った。木々までもが枝を鳴らし、地を這う根が二人の寝床を取り囲むように蠢き始める。

「――カイ、起きて! 何かが来る!」

異変にいち早く気づいたのは焔だった。まだ本調子には程遠い体を叩き起こし、飛び起きたカイとスミレの前に立ちはだかる。牙を剥いた獣の群れと、しなる木の枝の群れが、四方から一斉に迫ってきた。

「囲まれてる……!」

「大丈夫。ぼくがいる限り、指一本触れさせない」

焔はそう言い切ったが、内心では分かっていた。夜の館で力の大半を使い果たした今、加減しながら全員を退けるだけの余力はもう残っていない。ここで生き延びる道は、恐らく一つしかない。持てる力のすべてを、一切の出し惜しみなく解き放つことだ。それは同時に、自分という存在の灯を、丸ごと使い切ってしまうということでもあった。

ベリユの警告が、もう一度胸の奥をよぎる。加減を誤れば、この森ごと、カイとスミレごと灰にしてしまう力。だが今は、加減する余力そのものがない。全力を出し切って狙いだけは違えぬよう祈るか、それとも及び腰のまま二人を失うか――迷っている暇は、もう残されていなかった。

「スミレ、カイの手を離すな。目を閉じて、ぼくの後ろにいて」

「焔、まさか……」

カイが何かに気づいて声を上げるより早く、焔の体は目を開けていられないほどの光を放ち始めた。橙色だった鱗が白く輝き、竜の姿がひと回り大きく膨れ上がる。渾身の咆哮とともに解き放たれた炎の奔流が、獣たちの群れと、猛る木々の枝を残らず包み込んだ。

けれど焔は、最後の最後まで狙いを外さなかった。カイとスミレのいる場所だけは、炎の渦の中心にぽっかりと空いた静かな空白として守り抜かれていた。全てを灰にしてしまう危うさを、誰より焔自身が知っていたからこそ、その一点だけは決して譲らなかったのだ。

密告を続けていた猫は、獣たちが総崩れになる様を目の当たりにして、恐れをなして森の奥へと逃げ去っていく。その裏切りが白日の下に晒されたことにさえ、もう構う余裕はないようだった。

炎が収まった頃、焔の体は見る影もなく小さくしぼんでいた。鱗の輝きは失われ、いつもの気安い笑みを浮かべる余力さえないまま、地面に崩れ落ちる。

「焔! しっかりして!」

スミレが泣きながら抱き上げると、焔はうっすらと目を開け、掠れた声で笑った。

「言った、通りだろ。指一本、触れさせなかった……」

「そんなのどうでもいいから、消えないで。お願いだから」

「消えたって、いいさ。もともと、暖炉の残り火から生まれたようなものだ。使い切って終わるのも、ぼくらしい」

淡々と告げるその声に、これまでの軽口とは違う、静かな覚悟が滲んでいた。カイは唇を噛み、震える声を絞り出した。

「らしいとか、そういうのはいらない。一緒に帰るんだ。約束しただろう」

スミレも涙を拭いながら、震える声を重ねた。

「暖炉に帰るまでが、旅なんでしょう。一人だけ置いていくなんて、絶対に許さないから」

焔は答える代わりに、小さく頷くのが精一杯だった。焼け焦げた木々の間から差し込む月明かりの下、兄妹は消えかけた小さな炎を胸に抱くようにして、夜明けを待った。

五 目覚めの朝

気づけば、カイとスミレは自分たちの藁の寝床の上にいた。窓の外はまだ薄暗く、暖炉には小さな熾火が変わらず灯っている。すべては、長い夜の夢だったのだろうか。

足元では、老犬のクロがいつも通り丸くなって眠っていた。手を伸ばしてその背を撫でると、生きたぬくもりが確かに掌に伝わってくる。夢にしては、あまりに鮮やかな一夜だった。

隣を見ると、焔の姿はどこにもなかった。ただ、暖炉の熾火が、心なしかいつもより弱々しく瞬いているように見えた。

「夢……だったのかな」

スミレが呟いたその時、部屋の隅の鳥籠で、飼い慣らした白い鳥が身じろぎした。朝の薄明かりが差し込むと、その羽は白ではなく、淡い青みを帯びて輝いて見えた。カイは息を呑んだ。

「これだ……ずっと、うちにいたんだ」

二人は鳥籠を抱え、雪道を駆けてアオイの屋敷へと向かった。突然訪れた木こりの子供たちに、門番は初め怪訝な顔をしたが、スミレが必死に事情を訴えると、渋々ながらも取り次いでくれた。屋敷の人々は戸惑いながらも、寝台のアオイのもとへ二人を通してくれた。青みがかった鳥をそっと胸に抱かせると、アオイの頬にみるみる血の気が差し、閉じていた瞼がゆっくりと開いていく。

「きれい……」

アオイの掠れた声に、部屋中が安堵の吐息で満たされた。屋敷の主人は目に涙を浮かべ、カイとスミレの手を何度も握りしめて礼を言った。二人はただ、青みがかった鳥がアオイの指先に止まる様子を、黙って見つめていた。

その帰り道、カイとスミレは黙って手を繋ぎ、家路を急いだ。家に着き、暖炉の前にしゃがみ込むと、熾火の中にほんの一瞬、橙色の小さな灯りがちらついたような気がした。

「焔……?」

呼びかけに応えるように、熾火がふわりと膨らみ、指先ほどの小さな竜の輪郭を結んだ。もう炎を吐く力も、姿を変える力も残っていないのだろう、その姿はひどく頼りなかったが、金色の瞳だけは変わらず、いたずらっぽい光を湛えていた。

「ちゃんと、届けたみたいだな」

「あなたのおかげよ。もう消えちゃうの?」

「さあ、どうだろう。ただ、この家の暖炉が灯っている限り、ぼくもどこかで灯っているつもりだ」

それだけ言うと、小さな灯りは熾火の奥へ溶けるように消えていった。カイとスミレは、しばらくの間、暖炉の前を離れられずにいた。老犬のクロが、二人の足元にそっと寄り添い、暖炉の熱でぬくもった鼻先を擦り付けてきた。その温もりに、二人はようやく詰めていた息を吐き出した。

それから幾年もの間、その家の暖炉の火が絶えることはなかったという。薪が乏しい夜も、貧しい冬の底でも、誰かが必ず小さな熾火を絶やさぬよう見守り続けた。父のタツも母のハルも、子供たちが語る一夜の旅の顛末を、初めのうちは半信半疑で聞いていたが、暖炉の前を離れようとしない二人の様子に、いつしか何も問わなくなった。

村の子供たちの間では、いつしかこんな言い伝えが語られるようになった――暖炉の隅で炎が心細げに揺れる夜は、忠実な仔竜が、まだそこで小さく灯り続けている証なのだと。カイとスミレは、大人になってからも、寒い夜には決まって暖炉のそばに座り、小さな灯りに向かってその日あったことをぽつりぽつりと語りかけるのをやめなかった。

あとがき

モーリス・メーテルリンクの戯曲『青い鳥』は、貧しい木こりの兄妹ティルティルとミティルが、妖精ベリリュンヌに導かれ、病の少女のために幸福の象徴たる青い鳥を探す旅に出る物語である。旅には擬人化されたパンや水、犬や猫などが同行し、思い出の国や夜の宮殿を巡るが、青い鳥はついに見つからず、目覚めた兄妹は、探し求めていた鳥がずっと身近にいたことに気づく。

本作では、道連れの一人「火」を、人と竜の姿を行き来する気まぐれな仔竜「焔」に置き換えた。暴走すれば旅の一行すら焼き尽くしかねない危うい力を抱えながらも、夜の館では亡霊たちだけを狙って力を加減し、裏切りの森では自らの灯りを使い果たす覚悟で兄妹を守り抜く姿を新たに描いている。登場人物の名や旅の細部、台詞はすべて独自に創作したものであり、原作の翻訳や逐語的な引用は一切行っていない。


本作はモーリス・メーテルリンク著『L’Oiseau bleu』(https://www.gutenberg.org/ebooks/38849)を参考にした翻案作品です。

本作はモーリス・メーテルリンクの『青い鳥』を参考にした作品です。原典