物語雳
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·読了目安 14分脇役

竜は姿を消しても去らなかった

貧しい牧師館の屋根裏に幾世代も棲む竜は、死の近づく者にだけ静かに寄り添う。病弱な三女ベスを二度にわたって見送りへと導いた竜は、姿を消した後も暖炉の残り火として家に残り続ける。ルイーザ・メイ・オルコット『若草物語』を翻案した静かな姉妹の物語。

一 コンコードの牧師館

北風が窓枠を鳴らす十二月の宵、マーチ家の居間には四姉妹の不平がひとしきり渦を巻いていた。

「クリスマスに贈り物のひとつもないなんて、ずいぶん寂しい話だわ」暖炉の前に長い脚を投げ出しながら、次女ジョーが言った。長女メグは繕い物の手を止め、「お父様が戦地にいらっしゃるのに、贅沢を言ってはいけないわ」とたしなめる。三女ベスは膝の上で丸くなった年老いた猫を撫でながら、姉たちのやり取りをただ黙って聞いていた。末っ子のエイミーだけが、鏡の前で自分の低い鼻をつまみながら、なおも不満そうな声を漏らしている。

牧師である父ミスター・マーチは、南北戦争の従軍牧師として遠く戦地にあり、一家の暮らしは慎ましいというよりも、日々のパンの数さえ気にかけねばならぬほどに切り詰められていた。それでも母マーミーは、娘たちのささやかな不平をやわらかく受け止めながら、毎年変わらぬ言葉で朝を始めるのだった。

「今朝、裏通りのハンメルさんのところに、パンも薪もないと聞いたの。あなたたちの朝ごはんを、少し分けてあげられないかしら」

四人は顔を見合わせ、結局はいつものように、自分たちの慎ましい朝食を籠に詰め、貧しい移民一家のもとへ運ぶことになった。口では不平を言いながらも、本気で拒む者は誰ひとりいない。それがマーチ家の娘たちだった。

雪が薄く積もった裏通りを歩きながら、ジョーは息を白く弾ませて言った。「不平を言ったわたしたちが、いちばん恥ずかしい気がしてきたわ」。メグは黙って微笑み、ベスは籠の中のパンが冷めないようにと、心配そうに布をかけ直していた。エイミーだけは、それでも寒さに震えながら、早く暖かい部屋に戻りたいと小声でこぼしていた。こうした些細な言い争いと、それに続く思いやりの繰り返しこそが、この家の一年を織りなす縦糸だった。

牧師館の居間には、古びたピアノと、母マーミーが若い頃から大切にしてきた肘掛け椅子があった。壁には四姉妹が幼い頃に演じた手作りの寸劇の名残――ジョーが書き下ろした悲劇の台本や、エイミーが描いた稚拙な背景画――が、今も丸めてしまい込まれている。貧しさは隠しようもなかったが、この部屋にはいつも、笑い声と暖炉の爆ぜる音が絶えることはなかった。

この古い牧師館には、幾世代も前から語り継がれてきた小さな言い伝えがあった。屋根裏の奥、誰も足を踏み入れぬ梁の陰に、目に見えぬ何かが棲みついているという話である。曰く、この家で死の近づいた者にだけ、その姿を現すのだという。もっとも姉妹の誰ひとり、その話を本気で信じてはいなかった。台所を預かる古参の家政婦ハンナだけが、時おり声をひそめてこう語るのだった。

「先代の奥様が息を引き取られる前の晩、屋根裏で何かが動く音がしたそうですよ。この家に、そういうものが棲みついているのは、昔からのことなんです」

ジョーはそのたびに笑い飛ばした。「ハンナったら、また幽霊話? わたしはそんなもの、一度だって見たことないわ」。だが、生まれつき体が弱く、物音に人一倍敏感なベスだけは、屋根裏へ続く長い階段を見上げるたび、幼い胸をどきりとさせるのだった。誰にも打ち明けたことはなかったが、ベスは物心ついた頃から、あの暗がりの奥に、何か大きくて静かなものが息をひそめている気配を感じていた。恐ろしいとは思わなかった。むしろそれは、この古い家そのものが呼吸しているような、どこか懐かしい気配だった。

夕食の席で、母は娘たちにもうひとつ知らせを告げた。隣の大きな屋敷に、ローレンス老人という気難しい資産家と、その孫のローリーという少年が越してきたという。「垣根の向こうから、寂しそうな顔で庭を眺めている子がいたわ」とベスがぽつりと言うと、ジョーはすぐさま身を乗り出した。「今度会ったら、声をかけてみましょうよ。あんな大きなお屋敷にひとりぼっちだなんて、可哀想じゃない」。その晩、ベスは眠りに落ちる直前、屋根裏の方角から、低く長い、まるでため息のような音を聞いた気がした。空耳だろうと思いながらも、ベスはその音を、なぜか不快には感じなかった。

二 ハンメル家の熱と、最初の竜

年が明け、雪解けとともに、姉妹たちの日々はいつもの賑やかさを取り戻していった。メグは裕福な家庭の子どもたちの家庭教師として通い、ジョーは大叔母にあたる気位の高いマーチ大叔母の話し相手を務めながら、こっそり書き溜めた物語を新聞社に持ち込んでは一喜一憂していた。エイミーは学校で絵を描き、ベスは家の中でピアノを弾き、繕い物をし、猫たちの世話をしながら、姉妹の誰よりも家庭という小さな世界に深く根を張っていた。

隣家のローリーとは、ジョーが窓越しに声をかけたのをきっかけに、瞬く間に打ち解けた友人となった。孤独な少年は、姉妹たちの明るい騒がしさにすっかり心を開き、厳格な祖父の目を盗んではマーチ家に入り浸るようになった。ベスは人見知りが激しく、初めのうちはローリーの前に出ることさえ恐れていたが、ローリーの祖父の屋敷にある立派なピアノを弾かせてもらえると知ると、少しずつその屋敷にも足を運ぶようになった。鍵盤に指を這わせる時間だけは、ベスもいくらか大胆になり、日頃の物静かさが嘘のように、豊かな音色を部屋いっぱいに響かせるのだった。気難しいはずのローレンス老人でさえ、書斎の扉を薄く開けたまま、その旋律に静かに耳を傾けていることが幾度もあった。

そんな穏やかな日々に影が差したのは、寒さの厳しいある週のことだった。ハンメル家の赤ん坊が高熱を出し、母親は仕事に出ねばならず、看病できる者がいないという。姉たちが忙しい合間を縫って、ベスがひとり見舞いに通うことになった。

ハンメル家の住まいは、壁の隙間から容赦なく隙間風が吹き込む、粗末な一間だった。煤けた壁に、干からびたパンの欠片が転がり、痩せこけた子どもたちが、ぼろ布にくるまれて肩を寄せ合っている。初めてその部屋に足を踏み入れたとき、ベスは一瞬息を呑んだが、すぐに袖をまくり、赤ん坊の額に濡れた布を当てる仕事に取りかかった。「怖がっている場合じゃないもの」と、ベスは自分に言い聞かせるように呟いた。

「わたしでよければ、行ってくるわ」

普段は物静かなベスが自ら申し出たことに、姉妹たちは少し驚きながらも安堵した。ベスは毎日、包みに入れたスープと薬を手に、狭く不潔な部屋へ通い続けた。赤ん坊を膝に抱き、震える声で子守唄を歌ってやる日々が、一週間ほど続いた。

やがて赤ん坊は息を引き取った。ベスがその小さな体を抱いていたときのことだった。数日後、ベス自身の喉が焼けるように痛み始め、頬が異様な熱を帯びていることに、母マーミーが気づいた。猩紅熱だった。

高熱にうなされる夜が続いた。エイミーは感染を避けるため、マーチ大叔母の屋敷へ預けられ、メグとジョーは代わる代わる寝ずの看病にあたった。母は父の看護のため戦地近くの病院に呼び出されており、留守を託されたハンナと娘たちだけで、幼いベスの命を懸命に支えねばならなかった。

寝室のカーテンは締め切られ、医者の指示で蝋燭の灯りも最小限に落とされていた。薬瓶の並んだ小卓、氷を入れた盥、ひっきりなしに取り替えられる濡れ布巾――狭い部屋は、静かな戦場のような緊張に満ちていた。隣家のローリーは毎日のように様子を尋ねに来ては、祖父の書斎から届けさせた果物や氷を、玄関先でそっとハンナに手渡していった。誰もが、自分にできる小さなことを積み重ねる以外、なす術を持たなかった。

熱が最も高く上がった夜、ジョーがうとうとと舟を漕いでいた隙に、ベスはひとり、朦朧とした意識の中で目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む月明かりの中、窓の外に、爬虫類のような滑らかな輪郭を持つ何かが、じっとこちらを見つめているのに気づいた。艶やかな鱗が月光を弾き、大きな瞳は熱に浮かされたベスの顔を、静かに、しかしまっすぐに映していた。

それが、屋根裏に棲むという、あの言い伝えの主なのだと、幼いベスは直感した。だが、幼い体には死という言葉の意味すら定かではなく、ただ、得体の知れない大きな影が自分だけを見つめているという事実だけが、恐怖となって襲いかかった。

「いや……いや、来ないで……!」

熱に掠れた声で、ベスは悲鳴に近い声をあげた。涙で滲む視界の中、竜は一瞬、なにかを惜しむように瞳を細めたように見えたが、すぐに窓の外の闇へ、音もなく溶けるように姿を消した。物音に気づいて飛び起きたジョーは、うなされるベスの額を拭いながら、「大丈夫よ、ベス、わたしがここにいるわ」と繰り返すばかりで、窓の外に何がいたのかなど、知る由もなかった。

その夜を境に、ベスの熱は峠を越えた。医者も驚くほどの、思いがけない快復だった。誰も、あの夜、窓辺に何が来ていたかを知らなかった。ベス自身でさえ、熱が下がるにつれ、あれは高熱が見せた悪夢だったのだと自分に言い聞かせるようになった。それでも、心のいちばん奥深いところで、ベスはあの夜の眼差しの静けさだけを、なぜか忘れることができずにいた。

三 姉妹それぞれの道と、海辺の告白

猩紅熱は峠を越したものの、ベスの体には元通りの丈夫さが戻ることはなかった。少し歩けば息が切れ、寒い日には唇の色が失せた。医者は「心臓に負担が残ったのでしょう」とだけ告げ、はっきりしたことは何も言わなかった。姉妹たちはそれでも、ベスがいつか元気を取り戻すと信じて疑わなかった。ベス自身も、家事とピアノと猫たちの世話に明け暮れる、これまでと変わらぬ穏やかな日々を続けていた。

歳月は、姉妹たちそれぞれに違う道を用意した。メグは、ローリーの家庭教師をしていた実直な青年ジョン・ブルックと恋に落ちた。裕福とは言えない暮らしになると知りながら、メグは迷わず彼の求婚を受け入れた。「贅沢なんて要らないの。あの人と小さな家を持てるなら、それで十分幸せだわ」と姉が微笑んだとき、ジョーは何も言わず、ただ複雑な面持ちで庭の向こうを見つめていた。姉妹の誰かが自分たちの手を離れ、新しい家族を作っていくという事実に、ジョーはまだ慣れることができずにいた。

ジョーは書き溜めた物語がようやく新聞に載るようになり、都会の下宿屋に部屋を借りて、文筆で身を立てる夢を本気で追い始めていた。慣れない都会の暮らしの中、締め切りに追われながら原稿用紙に向かう日々は苦しくもあったが、ジョーはそこに、これまで感じたことのない手応えを見出していた。ローリーからの熱烈な求婚を、ジョーは苦しい思いをしながらも断った。友情と恋心とは違う、とジョーにはわかっていたし、何より、家を離れて自分の道を歩みたいという気持ちの方が強かった。エイミーは絵の才を見込まれ、裕福な親戚に伴われて念願のヨーロッパへ渡ることになった。手紙には、ローマの遺跡やパリの画廊の様子が、かつての虚栄心とは違う、確かな成長の筆致で綴られていた。

そうして姉妹たちがそれぞれの翼を広げていく間も、ベスだけは静かに家に残り続けた。表向きは変わらぬ様子で振る舞いながら、体力は少しずつ、誰にも気づかれぬほどゆるやかに衰えていった。

ある夏、海辺の宿で静養することになったジョーとベスは、二人きりで波打ち際を歩いた。潮風にさらわれる貝殻を拾い集めながら、ベスはふと足を止め、水平線を見つめて言った。

「ジョー、わたし、もう長くはないと思うの」

ジョーは笑い飛ばそうとした。「何を言うの、少し体が弱いだけじゃない」。だが、ベスの静かな眼差しには、いつもの物静かさとは違う、覚悟に似た澄んだ強さが宿っていた。

「ずっと前から、なんとなくわかっていたの。誰にも言えなかったけれど……でも怖くはないのよ、ジョー。わたしはただ、みんなにあまり悲しんでほしくないだけ」

ジョーは砂の上に膝をつき、妹を強く抱きしめた。込み上げる涙を止めることができなかった。「わたしがついているわ。どんなことがあっても、あなたのそばにいる」。ベスはジョーの肩に頭をあずけ、静かに、けれど確かな声でこう続けた。

「ひとつだけ、覚えていてほしいの。小さい頃、熱を出したとき、窓の外に何かがいたのよ。とても大きくて、鱗があって……怖くて叫んでしまったけれど、今思うと、あれはわたしを傷つけようとしていたんじゃなかった気がするの。ただ、じっと見ていただけ」

ジョーはその言葉の意味を、その時にはまだ量りかねていた。「屋根裏のお化けの話でしょう。ハンナがよく言っていたわね」と、いくぶん軽い調子で応じるほかなかった。だが、ベスの声には、単なる幼い頃の思い出話とは思えない、どこか静かな確信が滲んでいた。

波音だけが響く夕暮れの浜辺で、ベスは膝を抱えて座り直し、なおも続けた。「怖くなかったと言えば嘘になるわ。でも今は、あの時感じたのとは違う気がするの。あれは、わたしを驚かせたかったわけじゃなく、ただ、様子を見に来ていただけなんじゃないかしら」。ジョーは返す言葉を持たなかった。ただ、妹の横顔に浮かぶ穏やかな諦念のようなものを、目に焼き付けるほかなかった。帰り道、二人は言葉少なに、寄せては返す波の音にただ耳を澄ませながら宿への道をたどった。

四 雪明かりの夜

冬が訪れる頃、ベスの体はもう、寝床から離れることさえ難しくなっていた。メグは夫のジョンと幼い子どもを伴い、自分の家庭を持ちながらも足繁く実家を訪れた。遠くヨーロッパにいるエイミーには、母マーミーが涙ながらに手紙を書いた。「無理に帰らなくてもいい。あなたはあなたの道を歩みなさい」とベス自身が望んだからだった。ジョーは書きかけの原稿を放り出し、寝室にこもりきりでベスの看病にあたった。窓の外では、その年いちばんの雪が音もなく降り積もっていた。

日に日に、ベスの声は小さくなっていった。それでもベスは、痩せた指先で毛糸を編み続け、見舞いに来る誰かれへの贈り物を仕上げようとした。「まだやり残したことがあるの」と、ベスは弱った笑みを浮かべて言うのだった。編みかけの小さな靴下は、結局最後まで仕上げられることなく、寝台の傍らの籠に残されることになった。

ある晩、ベスの息づかいがひときわ浅くなった。母とジョーが枕元に付き添う中、ベスはふと、閉じかけていた目を大きく見開き、窓の方角へ弱々しく視線を向けた。

「誰か……来たみたい」

母もジョーも、窓の外には雪明かりに白く沈む庭が広がっているだけだと思った。だが、ベスの瞳には、はっきりと何かが映っていた。窓ガラスの向こう、雪を纏った夜気の中に、あの夜と寸分変わらぬ姿で、竜が静かに佇んでいた。艶やかな鱗は雪明かりを弾いて淡く輝き、大きな瞳は、あの日と同じ静けさでベスを見つめていた。

もう、ベスは怖くはなかった。幼い日にあれほど恐れた眼差しが、今はただ、この上なく穏やかなものに感じられた。ベスは震える唇に、ほんのわずかな笑みを浮かべた。

「ずっと、待っていてくれたのね」

母がベスの手を握りしめ、「ベス、誰と話しているの」と震える声で問うた。ジョーはその時、たしかに窓の外の暗がりに、何か大きなものの気配が動くのを見た気がした。だが瞬きをする間に、それはもう闇に紛れて見分けがつかなくなっていた。

ベスは静かに、母とジョーの手を順に握った。「ありがとう、お母様。ジョー、みんなのこと、お願いね」。声はか細かったが、そこにためらいはなかった。窓の外の雪が、月明かりを含んでほのかに輝いている。ベスの視線は、母たちの顔から、もう一度窓の方へと戻っていった。

その一瞬、部屋の空気がふっと和らいだように、ジョーには感じられた。恐怖でも悲しみでもない、何か大きな静けさに包まれていくような感覚だった。窓の外では、雪が音もなく舞い続け、月明かりを受けて庭全体がほのかに発光しているかのようだった。ベスの呼吸はゆっくりと間隔を広げ、やがて、雪の降り積もる音だけが残る夜の静寂の中に溶けていった。母は声もなく娘の頬に手を添え、ジョーはただ、その小さな手を握りしめたまま、動くことができずにいた。

その夜遅く、悲しみに沈む家をひとり離れ、庭に出たジョーは、涙に濡れた頬を夜風に晒しながら、ふと空を見上げた。凍えるような星空を横切って、月をよぎる大きな影があった。翼のようにも、雲の切れ端のようにも見えるそれは、一瞬だけ月光を遮り、次の瞬間には、屋敷の屋根の向こうへ音もなく消えていった。ジョーはその影を、誰にも語ることはなかった。ただ、あの海辺でベスが語った言葉の意味を、ようやく理解した気がした。

終章 屋根裏に残るもの

ベスを見送った冬は、マーチ家にとって、これまでで最も静かで長い冬になった。悲しみは容易には癒えず、母マーミーは幾晩も、空になったベスの椅子を見つめて過ごした。メグは自分の幼い子どもたちを胸に抱きながら、妹の分まで生きようと自分に言い聞かせた。ヨーロッパから急ぎ戻ったエイミーは、姉妹の中でいちばん幼いはずの自分が、いつしかいちばん大人びた顔つきになっていることに気づいた。やがてエイミーは、長年そばにいたローリーと静かに結ばれ、姉妹の絆は形を変えながらも途切れることなく続いていった。

ジョーは、書きかけのまま放り出していた原稿に、ふたたび向き合うようになった。妹の死を悼むだけでなく、その短くも確かだった生を書き留めておきたいという思いが、ジョーの中に静かな筆の力を与えていた。机に向かい、慎ましい牧師館で育った四人の姉妹の日々を一から書き起こしながら、ジョーは幾度も筆を止めては、ベスのために涙をこぼした。それでも手は止まらなかった。書くことでしか、この喪失を確かな形にできないと、ジョーにはわかっていた。

その年の冬を境に、牧師館にはいくつかの小さな変化が訪れていた。どれほど凍える夜でも、暖炉の残り火が朝まで絶えることがなくなった。長年、隙間風に軋み続けていた二階の窓も、いつの間にか音を立てなくなっていた。真冬の朝、凍りついているはずの水瓶に、なぜか薄氷しか張っていないこともあった。ハンナはそれに気づいても、「歳月とともに家も落ち着いてきたのでしょう」とだけ呟き、深くは詮索しなかった。家族の誰ひとりとして、その些細な変化の理由に思い至る者はいなかった。

ただ、ジョーだけは、時折、屋根裏へと続く階段の下に立ち、暗がりの奥へ向かって静かに語りかけることがあった。

「あなたが、あの子を連れて行ってくれたのね。ありがとう、と言うべきなのかしら。わたしにはまだ、うまく言葉にできないけれど」

返事はいつも、ない。ただ、屋根裏の奥から、低く長い、まるでため息のような音が、かすかに聞こえてくるように思われた。それは決して恐ろしいものではなく、むしろこの古い家そのものが、静かに息づいているような、そんな穏やかな響きだった。

ベスがいなくなっても、彼女が座っていた小さな椅子と、弾かれなくなった古いピアノは、そのままの場所に置かれ続けた。姉妹たちが集うたび、その椅子の傍らには、目には見えぬ、しかし確かな温もりが漂っているように、誰もがどこかで感じていた。屋根裏の竜は、もう二度とその姿を見せることはなかった。だが、姿を消しても、この家を去ることはなかったのだと、少なくともジョーだけは、静かに信じ続けていた。

あとがき

本作はルイーザ・メイ・オルコット『若草物語』(Little Women)を翻案した短編である。原作には登場しない「牧師館の屋根裏に棲む、死の近づく者にだけ姿を現す竜」という存在を新たに据え、四姉妹の成長譚の背後に、もうひとつ静かな軸を通すことを試みた。

竜は、姉妹たちの日々の貧しさや初恋の痛みには一切干渉せず、死の淵に立つ者のためだけに動く。幼いベスが猩紅熱にうなされた最初の夜、まだ死を理解できないベスの恐怖によって竜は一度姿を消し、その後奇跡的な回復を遂げる場面と、数年後、覚悟を決めたベスが恐れることなく竜を迎え入れ、雪明かりの空へと旅立っていく場面とを対比させることで、「死出の伴走者」としての竜の役割を際立たせることを意識した。見送った後、竜が二度と姿を現さぬまま、暖炉の残り火や軋まぬ窓といった痕跡だけを残して家に留まり続ける結末は、「姿を消しても、形なき守り手として家に残り続ける」という構図を、原作の持つ穏やかな死生観を損なわぬ形で描くための選択である。


本作はルイーザ・メイ・オルコット『若草物語』(Little Women)を参考にした翻案作品です。

本作はルイーザ・メイ・オルコットの『若草物語(Little Women)』を参考にした作品です。原典