物語り
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·読了目安 14分脇役

竜は祟りを名乗らなかった

雷竜国サンダーストライクの旧都はずれ、「動かせば祟る」と語り継がれる塚を観察者レイブンが訪れる。新王を名乗り討たれた将の伝説と、塚を鎮めた雷竜の稲妻。祟りか、鎮魂か、ただの偶然か――レイブンは三つの層を記録に残したまま塚を去る。

一 据えずの塚、雷竜国旧都の外れ

雷竜国サンダーストライクの旧都から半日ほど東へ歩いた先、乾いた台地の際に、その塚はあった。周囲の畑がとうに枯れ草色に変わってもなお、塚の周りだけは妙に丈の高い雑草が茂り、黒ずんだ木の柵がぐるりと巡らされている。柵の足元には、干からびかけた米粒や色褪せた紙垂が幾つも供えられていて、誰かが今も定期的にここへ通っていることを物語っていた。盛り土そのものは、さほど高いものではない。人の背丈を二つ三つ重ねた程度の、ありふれた古墳の一つに過ぎないように見える。だが、その周囲だけ空気が張り詰めているような、奇妙な静けさがあった。

レイブンが塚下の里に足を踏み入れると、旅装と記録帳に目を留めた宿の主人が、尋ねもしないうちから釘を刺してきた。

「あの塚には、近づかれても構いませんが、決して動かそうなどとはお考えになりませんように。土くれ一つ持ち出しただけで、祟りがあるという言い伝えです」

「動かす、というと」

「昔からずっとそうなんです。何百年経とうと、あの盛り土だけは誰も均そうとしない。触れれば災いがある、と」

主人はそれ以上多くを語ろうとせず、話を切り上げるように奥の帳場へ引っ込んでしまった。里の者たちに共通する、どこか及び腰な口ぶりだった。レイブンはそれを不審に思うでもなく、旅の記録帳にただ「据えずの塚。触れることを固く戒められている」とだけ書き留めた。

宿の二階に荷を下ろし、窓から改めて里を見渡す。田畑の合間に点在する家々の屋根は、どれも同じ方角――塚のある方角――に背を向けるように建てられているのが分かった。偶然にしては、あまりに揃いすぎている。里そのものが、長い年月をかけて、あの盛り土から目を逸らすように形を変えてきたのかもしれない。そう思うと、レイブンはそっと記録帳に「家屋の向き、塚を避ける」と書き添えた。

夕刻、宿の縁側から塚の方角を眺めていると、奇妙なことに気がついた。空はほとんど晴れ渡っているというのに、塚の真上にだけ、灰色の雲がひとところ集まり始めている。まるで判で押したように、日が傾き始める同じ時刻、同じ場所に。里の子供たちが井戸端で囃すように噂しているのが、開け放した窓越しに聞こえてきた。

「また出るぞ、塚の光る竜」

「見たのか」

「昨日も見た。小さいのが、雲の中をちらちら光りながら飛び回ってた。あんまり大きな声じゃ呼べないやつだって、爺ちゃんが言ってた」

子供たちの声はすぐに遠ざかっていったが、レイブンの耳には確かに残った。祟りの言い伝えと、雷雲に紛れて舞う小さな竜。その二つが同じ場所に重なっていることを、記録帳の同じ頁に書き添える。旧都のはずれにひっそりと横たわるこの塚が、ただの土饅頭でないことだけは、初日にして疑いようがなかった。

その夜、まどろみかけたレイブンの耳に、遠く低い雷鳴が届いた。窓の隙間から覗くと、塚の上空だけがぼんやりと稲光に照らされ、ほかの空はすでに星をたたえて静まり返っている。まるでそこだけが、夜のうちに切り離された別の場所であるかのようだった。

雷鳴は激しく轟くというよりも、むしろ低く長く尾を引くように響いた。里の者たちが恐れる「祟り」という言葉から思い描くような、荒々しい破壊の気配は感じられない。どちらかといえば、誰かがひとところに留まり続け、律儀に見張りを立てているような、そんな規則正しさがあった。レイブンは寝台に横たわったまま、その音の間隔を数えてみた。ほぼ一定の拍で、雷は塚の上にだけ落ち続けていた。旅を重ねてきた記録者の勘が、これはただの気まぐれな天候ではないと、静かに告げていた。

二 古老が語る、新王を名乗った将

翌朝、レイブンは里の古老、志能という老爺を訪ねた。かつて村の記録番を務めていたという志能は、囲炉裏端に腰を下ろすと、問われるままに塚の由来を語り始めた。

「あれはな、遠い昔、坂東になぞらえられたこの地一帯を治めていた豪族、相馬平太という将の首が眠っているのだと伝わっておる」

志能によれば、相馬平太はもとより王都から遠く離れたこの東国の地で、朝廷の施しの薄さに耐えかねた一族の惣領だったという。度重なる不作にも援助はなく、隣国との小競り合いにも見捨てられたも同然の扱いを受け続けた末、平太はついに周辺の豪族たちを糾合し、自ら「新王」を名乗って独立を宣言するに至った。

「一時は、坂東一円がまるごと平太様のものになったかのような勢いだったそうだ。荒れ地に新しい堤を築かせ、飢えた民に蔵の米を分け与え、東国だけの新しい世を築こうとされたと聞く。だが朝廷も黙ってはおらぬ。追討の軍が差し向けられ、平太様は戦に敗れ、討ち取られてしまわれた」

志能の声はそこでわずかに沈んだ。まるで、遠い昔の敗北を、自分自身のことのように悔やんでいるかのようだった。

「最後の戦では、共に新王を戴くと誓ったはずの豪族の一人が、朝廷側に寝返ったのだと伝わっておる。背後を突かれた平太様の軍勢はあっけなく崩れ、御自らも矢を受けて落馬されたところを討ち取られたそうな。裏切った豪族の名は、もはや誰も覚えておらぬ。人はいつも、滅びた側の名だけを長く語り継ぐものらしい」

討たれた首は、見せしめとして遠く王都へ運ばれ、晒し首にされたと伝わる。だが言い伝えはそこで終わらない。晒された首は三日三晩、爛々と光を放ち続け、四日目の夜、ついに胴を求めて東国へ向かって宙へ舞い上がったのだという。都の人々は恐れおののき、慌てて社を建てて鎮めを図ろうとしたが、光る首はそれを一顧だにせず、闇夜を裂いて飛び続けた。そしてその道行きを、一頭の小さな雷を纏う竜が、稲光の尾を引きながら導いたと語られている。

「首が力尽きて落ちた場所が、今のあの塚だと。以来、あの土地には触れるな、動かすなと、代々言い伝えられてきたわけだ」

志能の口ぶりには、単なる恐れだけでなく、どこか誇らしげな響きも混じっていた。

「里の者の中には、平太様を、朝廷に見捨てられた東国の哀れな英雄だと慕う者も多い。祭りの晩に、こっそり塚へ酒を供えに行く者すらおるほどだ。だが一方で、身の丈に合わぬ野心を起こして滅びた、驕りの見本だと語る者もおる。子に言い聞かせる時には、たいていそちらの話をするものだ」

「同じ塚を前にして、二つの物語が同時に語られている、ということですか」

「わし自身、どちらの言い分にも、一理あるように思えてならんのだよ」志能はそう言って、乾いた笑いをこぼした。「英雄と呼ぶには驕りが過ぎ、驕り者と呼ぶには、あまりに哀れが過ぎる。平太様というお方は、きっとその両方だったのだろうな」

レイブンは記録帳にその言葉を丁寧に書き写しながら、ふと問いを重ねた。

「その、首を導いたという竜は、今も塚におられるのでしょうか」

志能は少し黙り込み、それから小さく笑った。

「さて、な。それこそ、わしの口からは何とも言えぬところだ」

三 塚を巡る二つの噂

里に滞在する日々の中で、レイブンは古老の話だけでは埋まらない、もう一つの層があることに気づき始めていた。里の壮年の者たちに話を聞くと、彼らが恐れているのは遠い伝説の中の祟りだけではなかった。

「三十年ほど前でしたか、里の外れの市場を広げようとして、あの塚を均そうという話が持ち上がったことがあるんです」

そう語ったのは、市場を営む商人の一人だった。当時、工事の一団が重機を持ち込み、塚に手をつけようとした矢先、晴れていた空が急に搔き曇り、落雷が相次いだという。作業員の一人が軽い怪我を負い、機材も二台ほど雷に打たれて動かなくなった。工事はそれきり中止となり、以来誰も塚を動かそうとする者はいなくなったのだと。

「あれは間違いなく、祟りとしか思えません」商人はそう言って身震いした。「昔の話だと笑い飛ばせるようなことじゃない。この目で見た者が、里にはまだ何人もおりますから」

商人によれば、その工事の責任者だった男は、事故のあと熱を出して三日三晩うなされ、正気に戻ってからも二度と塚の話を口にしなくなったという。役場に残る記録にも、詳しい経緯は書かれておらず、ただ「原因不明の落雷による工事中断」という一文だけが、まるで誰かがそれ以上を語ることを避けたかのように、素っ気なく記されているのだと商人は付け加えた。以来、里の役場では塚の周辺一帯を開発計画から外すことが、明文化されぬまま暗黙の了解となっているのだという。

一方で、別の日に出会った猟師の老女は、まったく違う調子で塚のことを語った。

「祟りというより、あれは何かに見守られている、という感じがするんだよ。私はね、若い時分、嵐の晩に塚の近くを通りかかったことがあるんだが、雷が落ちる音の合間に、まるで啜り泣くような、細く長い声を聞いた気がしてね」

「怒りではなく、悲しみのようだった、と」

「ああ。とても人を祟るような、荒々しい気配ではなかったよ。むしろ、何かをずっと悼み続けているような、そんな静かな気配だった。あの晩から、私は塚を怖いと思ったことは一度もない。ただ、寂しい場所だとは、いつも思っている」

同じ塚、同じ雷を巡って、里人たちの語る印象は驚くほど食い違っていた。荒々しい祟りとして恐れる声と、悲しみを湛えた見守りとして語る声。レイブンはそのどちらも切り捨てず、記録帳の左右の頁に分けて書き留めていった。

翌朝、早くに宿を出たレイブンは、塚の柵の傍らで一人の若い娘を見かけた。娘は誰にも見られていないと思っているらしく、素早く柵の隙間から小さな花束を差し入れると、両手を合わせて何ごとか小さく唱え、足早に立ち去ろうとした。声をかけると、娘は一瞬身を強張らせたが、レイブンの旅装と記録帳を見て、やがて観念したように口を開いた。

「うちは、相馬の家の血を引いていると、祖母から聞かされて育ちました。祟りだ何だと里の人は言いますけど、うちにとっては、遠いご先祖様が眠っている場所なんです。人前で堂々とお参りすると、また要らぬ噂を立てられますから、こうして朝のうちにこっそりと」

「祟りは、恐ろしくないのですか」

「怖くないと言えば嘘になります。でも、もしあれが本当にご先祖様の無念そのものだとしたら、身内のうちくらいは、ちゃんと手を合わせてあげたい。それだけのことです」

娘はそう言うと、レイブンが礼を言う間もなく、早足で朝靄の中へ姿を消していった。里の誰もが恐れ、あるいは同情まじりに語るその塚に、血縁として静かに寄り添う者もまた確かにいるのだと、レイブンは記録帳の隅に小さく書き添えた。

その日の夕刻、レイブンは自ら塚の柵の外まで足を運んでみた。日課のように空が搔き曇り、遠雷が響き始める。柵越しに見つめていると、一際強い光が盛り土のちょうど中央に落ち、地面がわずかに震えた。しかし土埃が舞い上がるでも、草木が焼け焦げるでもない。まるで、そこに触れることそのものが目的であるかのような、奇妙に静かな一撃だった。恐ろしさよりも、むしろ困惑が先に立った。

宿へ戻ると、主人からもう一つ耳寄りな話を聞いた。塚のすぐ傍らに小さな祠があり、そこには里で唯一、今も定期的に塚へ足を運んで祈りを捧げる老神官がいるのだという。

「常磐様とおっしゃる方です。もう六十年近く、あの祠を守っておられます。塚のことで何かお知りになりたいのなら、志能様よりもむしろ、あの方にお尋ねになるのがよろしいでしょう」

レイブンは翌朝、その足で祠へ向かうことに決めた。

四 神官の告白、鳴神の稲妻

祠は塚のすぐ北側、古びた杉の木立に囲われるようにして建っていた。訪いを入れると、白髪を短く刈った小柄な老神官、常磐が竹箒を手にしたまま出てきて、レイブンを境内の縁側へ招き入れた。長年の風雨に晒された社殿は小さく、装飾らしい装飾もほとんどないが、隅々まで掃き清められ、塵一つ落ちていなかった。

事情を話すと、常磐はしばらく黙って塚の方角を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。

「代々の神官の間だけに伝わる話がございます。志能殿や里の者たちが語る言い伝えとは、少しばかり趣が違うものです」

常磐によれば、討たれた相馬平太の首は、朝廷にとっては謀反人のそれに過ぎず、王都でもこの地でも、正式に弔われることはなかったのだという。晒され、朽ちるに任されるはずだったその首を、東国へと導き、この地に鎮めたのは、一頭の雷を纏う竜――里で「鳴神」と呼び習わされてきた存在だったと、代々の神官はひそかに伝え聞いてきたのだそうだ。

「鳴神は、平太様を憐れんだのでしょう。誰にも弔われぬまま朽ちていく亡骸を、せめて己の稲妻で清め、鎮めてやろうとした。それが、この塚の本当の起こりだと、わたくしは聞き及んでおります。人の手で弔われなかった亡骸を、竜が己のやり方で弔った――そう考えれば、あの日々続く稲光にも、また違った意味が見えてくるように思われませんか」

「では、後の世に語られる『祟り』とは」

常磐は皺の刻まれた顔を、わずかに曇らせた。

「そこが、わたくしにも判然としないところなのです」

塚を均そうとした者たちに落雷が続いたという逸話は、常磐の代になってからも二度あったという。だが常磐自身、それが鳴神の意志による警告なのか、それとも、あの塚がもともと台地の中でも最も高く突き出た場所にあり、単に雷の落ちやすい地形だからに過ぎないのか、六十年近く祠を守り続けてなお、見極めがついていないと打ち明けた。

「若い時分は、すべてを鳴神様の御意志だと信じておりました。ですが歳を重ねるほどに、分からなくなっていくのです。鳴神が今も塚を見守っているのは、恐らく確かなことなのでしょう。ですが、それが人を懲らしめるための祟りなのか、ただ静かに弔いを続けているだけなのか、あるいは全くの自然の理に過ぎぬものを、我々人間が勝手に竜の意志と結びつけて語っているだけなのか――わたくしには、もう分からなくなってしまいました。それでも、毎朝あの塚に手を合わせずにはいられない。分からぬからこそ、なのかもしれません」

その夜、常磐に導かれ、レイブンは月明かりの下、塚のすぐ傍らに立った。遠くの雲が低く唸り、やがて塚の真上だけに、ちりちりと帯電したような気配が満ちる。柵の向こう、雑草の陰から、灰青色の鱗を稲光にきらめかせた小柄な竜が、音もなく姿を現した。翼の縁からは、小さな火花が絶え間なく散っている。

「常磐がまた、余計なことを話したか」

低く乾いた声だった。レイブンは記録帳を握りしめたまま、静かに問うた。

「あなたが、鳴神様ですか。平太殿を、ここへ導かれたという」

「名などどうでもよい」竜は塚の盛り土を見下ろしたまま、そう答えた。「ただ、問うたことに一つだけ答えてやろう。お前たち人は、稲妻にまで理由を求めたがる。祟りだ、警告だ、弔いだと。だが稲妻に、そんな都合のよい理屈などない。ただ、落ちるべき場所に落ちるだけのことだ」

「では、この場所に幾度も雷が落ちるのは、偶然だと」

「さて、な」

竜はそう言ったきり、しばらく沈黙した。やがて、独り言のように付け加える。

「あの男が何を望んでいたのか、わしにも本当のところは分からぬ。ただ、誰にも顧みられぬまま朽ちていくのを、見過ごせなかっただけのことだ。それを弔いと呼ぶか、業と呼ぶかは、お前たち人間が勝手に決めればよい」

「先ほど、若い娘が花を供えていくのを見ました」レイブンはなおも問いを重ねた。「あの者は、平太殿の血を引くのだと言っておりました。あなたにとって、そうした血縁の情は、何か意味を持つものなのですか」

鳴神はしばらく黙って盛り土を見下ろしていたが、やがてぽつりと答えた。

「血の繋がりなど、わしには関わりのないことだ。ただ、あの娘のように、誰に見られずとも手を合わせに来る者がいる限り、この塚はまだ、忘れられてはおらぬということだろう。それだけで、わしには十分だ」

「弔いが続く限り、あなたもまたここに留まり続ける、ということでしょうか」

「留まっているのではない。ただ、離れる理由が、いまだ見当たらぬだけのことよ」

レイブンがそれ以上の問いを重ねようとする前に、鳴神はゆっくりと塚の周りを一巡し、翼から火花を散らしながら、再び夜の雲の中へと姿を消していった。志能の口にした「さて、な」という言葉と、鳴神自身の「さて、な」という返答が、奇妙に重なって耳に残った。

五 三つの記録、旧都を去る

祠を辞去する朝、レイブンは記録帳の最後の頁を開き、これまでに集めた話を並べて書き記した。

一つ、地形の層。塚は台地の中でも最も高く突き出た場所にあり、雷が繰り返し落ちるのは、単なる自然の理に過ぎないのかもしれないという見立て。

一つ、竜の層。弔われることのなかった将の亡骸を、鳴神という竜が稲妻で清め、以来ひそかに見守り続けているのかもしれないという、神官のみに伝わる言い伝え。

一つ、伝承の層。里人たちがそのどちらとも定めがたい現象に、「祟り」という分かりやすい名を与え、幾世代にもわたって語り継いできたという事実。

三つの層は互いに矛盾するでもなく、かといって一つに溶け合うでもなく、ただ同じ塚を巡って重なり合ったまま、そこにあり続けていた。レイブンは記録帳を閉じながら、どの層が真実であるかを断じることは、自分の仕事ではないのだと、改めて思った。ただ、聞いたことを聞いたままに、見たことを見たままに、書き留めておくこと。それだけが、旅の記録者にできる唯一のことだった。

荷をまとめ、里を発つ頃には、空はまた判で押したように搔き曇り始めていた。塚の真上にだけ集まる灰色の雲を、レイブンは振り返りざま一度だけ見上げた。今日もまた、あの盛り土の上で、静かな稲妻が瞬くのだろう。それが祟りなのか、弔いなのか、それともただの偶然の巡り合わせなのか、レイブンにはついに分からぬままだった。

朝靄の中、街道の端に、あの娘の姿が小さく見えた気がした。今日もまた、誰にも見られぬうちにと、花を手に塚へ向かっているのかもしれない。里の大半が祟りとして恐れ、あるいは笑い話として語るその場所に、血の記憶だけを頼りに静かに寄り添い続ける者がいる限り、この塚を巡る物語は、まだ終わってはいないのだろう。

旧都へと続く街道を歩き出しながら、レイブンは最後にもう一行、記録帳へ書き加えた。「据えずの塚。動かせぬ理由は、一つではない」。乾いた風が背を押すように吹き抜け、遠くで低い雷鳴が、まるで返事のようにひとつ響いた。振り返らずに歩き続けるレイブンの足取りは、来た時よりもいくらか重く、それでいて、どこか静かに定まっているようでもあった。

あとがき

本作は、平安時代中期の武将・平将門にまつわる史実および伝承――朝廷に反旗を翻し自ら「新皇」を名乗ったこと、討たれた首が晒された後に光を放ち東国へ飛び去ったという伝説、そして現在の東京・大手町に残る「将門塚」に、これを動かそうとすると祟りがあるとして畏怖されてきた逸話――を下敷きにした翻案である。

原典では、将門の武勇と滅び、そして首塚にまつわる祟りの言い伝えが、史実と伝説の入り混じった形で今日まで語り継がれている。本作ではその骨格を、雷竜国サンダーストライクという架空の地に置き換え、「新王を名乗った将の首を、雷竜が稲妻で清め鎮めた」という新たな由来を設けたうえで、その真偽――地形による自然現象か、竜による弔いか、あるいは人々が作り上げた伝承に過ぎないか――を敢えて明かさないまま物語を閉じる構成とした。据えずの塚、塚下の里という架空の地名、相馬平太、志能、常磐、鳴神といった登場人物・竜の名前、対話の内容や現代の工事にまつわる逸話の細部は、すべて本作のための創作であり、原典や史書の翻訳・逐語的な引用は行っていない。


本作は『将門記』(平安時代中期成立の軍記物語)、および東京・神田に伝わる将門塚の祟り伝説を参考にした翻案作品です。

本作は作者不詳(平安時代中期成立の軍記物語)の『将門記』を参考にした作品です。原典