物語雳
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竜は腕を離さなかった

荒くれ鉱夫だけのモス・ガルチに、瀕死の母竜が卵を託して息絶える。粗野な男たちが交代で世話をするうち、殺伐としたキャンプは次第に穏やかさを取り戻す。だがある晩の鉄砲水が、幼竜を抱いた一人の男を呑み込んでいく。

一 谷底の掟

モス・ガルチには、女もいなければ子供もいなかった。あるのは渓流と、その両岸にひしめく粗末な天幕小屋と、絶えず土を掘り返す男たちの唸り声だけだった。金が出ると聞きつけて集まった連中は、故郷を捨てるだけの理由をそれぞれに抱えた荒くれ者ばかりで、賭場で身ぐるみ剥がされた者、故郷の法から逃げてきた者、ただ酒と喧嘩の匂いに引き寄せられただけの者――そうした男たちが、渓流の砂を洗い、岩を割り、夜になれば安酒を回し飲みしながら拳と怒鳴り声で諍いを片づけるのが、このキャンプの日常だった。

朝は霧の中で始まり、昼は容赦ない陽射しの下で終わる。誰も彼もが泥と汗にまみれ、髭は伸び放題で、洗濯という習慣そのものが渓流のこちら岸には存在しないかのようだった。喧嘩で歯を折られた者も、賭けで有り金を失って野宿する者も、誰一人として気の毒がられることはない。それがモス・ガルチの掟であり、誰もがそれを当然のこととして受け入れていた。日曜であろうと祝日であろうと、鶴嘴を振るう手が止まることはなく、渓流の砂を洗う揺り籠の軋む音だけが、朝から晩まで谷にこだましていた。

賄い方のアイクは、この谷で最も口の悪い男として知られていた。鍋の焦げ付いた豆をよそいながら、気に入らない相手には遠慮なく罵声を浴びせ、誰かが皿の中身に文句を言おうものなら、その皿ごと渓流に放り込んでしまうことも珍しくなかった。監督格を自任するマロンは、迷信深いことで有名で、左足から天幕を出るだの、黒い鳥の鳴き声を三度聞いたら仕事を休むだのと、独自の験担ぎを頑なに守っていた。誰もその奇癖を馬鹿にはしたが、面と向かって笑う者は少なかった。マロンの拳の重さは、この谷の誰もが一度ならず思い知らされていたからだ。

キャンプの最古参であるドクだけは、他の男たちとは少し違う目でこの谷を見ていた。若い頃から山を渡り歩いてきたというドクは、夕暮れに焚き火を囲むたび、決まって同じ話を繰り返した。

「この谷の頭上に連なる峰には、大昔から竜が棲んでいるのだと、猟師仲間から聞かされたことがある。ふだんは誰の目にも触れんが、峰に大雨が続いて水嵩が増したときだけ、住処を追われて麓まで降りてくるそうだ。もっとも、わしはこの目で見たことは一度もない。ただの与太話かもしれんがな」

若い連中はその話を鼻先で笑い飛ばし、酒の肴にするばかりだった。「ドクの峰の竜より、明日の川床にどれだけ砂金が沈んでいるかの方が、よほど気にかかるね」と誰かが混ぜっ返せば、どっと笑いが起こる。それでもドクは意に介する様子もなく、同じ話を懲りずに何度も繰り返した。長年山を歩いてきた男の勘なのか、彼は雨の匂いや雲の動きに、他の誰よりも敏感なようだった。その年の梅雨は妙に長かった。峰の稜線には幾日も分厚い雲がわだかまり、渓流の水音はいつもより低く、腹に響くようだった。誰もそれを気に留めようとはしなかった。金の採掘に忙しい男たちにとって、頭上の雲の色など、指の間からこぼれ落ちる砂金の量に比べれば取るに足らないことだったからだ。

男たちの中で、サイラスだけはいくらか異質だった。かつては東部の牧場で羊を追う仕事をしていたという彼は、腕っ節こそ人並みに強かったが、酒場の喧嘩には決して自分から手を出さず、迷い込んだ野犬に残飯を分け与えているところをよく見かけられた。「情けをかけたところで、この谷では飯の種にもならんぞ」と仲間にからかわれても、サイラスはただ肩をすくめるだけで、自分の性分を変えようとはしなかった。彼の天幕の軒先には、いつからか野良の仔猫が住み着いており、それを見た誰もが「サイラスの気の弱さは筋金入りだ」と笑いの種にしていた。故郷の牧場で羊を狼から守れなかった日のことを、彼は誰にも語ったことがなかったが、夜、酔いに任せて呟く寝言の端々には、時折「すまなかった」という一言が混じることを、隣の天幕で寝起きするマロンだけが知っていた。

その夜も、いつもと変わらぬ喧噪が渓流沿いに響いていた。誰かの拳が誰かの顎を捉える鈍い音、それに続く哄笑、酒瓶の割れる音。仔猫を膝に乗せて焚き火の隅に座っていたサイラスだけが、その喧噪から少し離れたところで、静かに夜空を見上げていた。峰の稜線に居座る雲の切れ間から、時折星の瞬きが覗いたが、すぐにまた厚い雲に呑まれて見えなくなった。ドクはいつもの席で焚き火を眺めながら、峰にかかる雲の厚みを、いつになく長く見上げていた。その視線の先で、稲光が一度、山の稜線を白く縁取った。誰もそれに気づいた者はいなかった。渓流の水面には、上流から運ばれてきたのだろう、見慣れぬ木の葉や折れた小枝がいくつも流れ着いていたが、それすらも誰の目を引くことはなかった。

二 卵を継ぐ者たち

嵐が谷を叩き始めたのは、それから三日後の夜だった。雨は横殴りに吹きつけ、天幕の帆布を激しく叩き続けた。男たちは焚き火の周りに身を寄せ合い、酒瓶を回しながら悪態をついていたが、その悪態を遮るようにして、闇の向こうから何か重いものを引きずるような音が近づいてきた。

「熊か」誰かが猟銃を手に取りかけたとき、焚き火の明かりの縁に、ぬっと巨大な影が現れた。

それは熊などではなかった。灰褐色の鱗に覆われた、見上げるほど大きな竜だった。しかし今まさに命の炎が尽きかけているのは、誰の目にも明らかだった。片方の翼は付け根から折れ曲がり、脇腹には深々と裂けた傷から絶えず血が流れ出している。峰を越えてきたのか、それとも何か恐ろしいものから逃れてきたのか、詳しい経緯を知る術は誰にもなかった。竜は焚き火の傍らまで這い寄ると、そこでどうと崩れ落ち、最後の力を振り絞るようにして体を丸め、自らの腹の下に何かを庇うような姿勢を取った。

竜の息はしばらくの間、浅く、途切れがちに続いていた。その大きな目は、焚き火を囲む男たちの誰かを探すように、ゆっくりと谷の縁を見回していたが、やがてその瞳から力が抜け、瞼が静かに閉じていった。雨はなおも激しく降り注ぎ、竜の傷口を洗い流しながら地面に赤黒い染みを広げていったが、その体はもう身じろぎ一つしなかった。

しばらくの静寂ののち、その巨体は完全に動かなくなった。男たちは誰も声を発せず、ただ雨に打たれる竜の亡骸を遠巻きに見つめていた。やがてマロンが恐る恐る近づき、竜の腹の下に手を差し入れると、そこには柔らかな苔にくるまれた、一抱えほどもある斑模様の卵が一つ、守られるようにして残されていた。

「なんてこった。あの化物、これを庇って死んだのか」

マロンの声には、隠しきれない動揺が滲んでいた。翌朝、雨が上がったキャンプでは、この卵をどう扱うかを巡って激しい言い争いが起きた。賄い方のアイクは、殻を割って炉端の飾りにでも売り払えばいくらかの銭になるだろうと言い、別の男は縁起でもないものは川に流してしまえと主張した。

「孵ったところで、育つのは化物の子だぞ。俺たちの喉笛を、いつか食い破るかもしれん代物だ」

アイクがそう凄んでみせると、幾人かが頷いた。だが誰よりも先に卵の前に膝をついたのは、サイラスだった。

「まだ温かい。中で何かが動いている」

サイラスは自分の外套で卵をくるみ、天幕の奥、焚き火に最も近い場所に運んだ。周囲の男たちは呆れたように笑ったが、彼は取り合わなかった。

「母竜はこいつを守って死んだんだ。ここで俺たちまでが見捨てちまったら、あの母竜の命懸けは、まるきり無駄になっちまう」

「感傷に浸ってる場合か。奴が孵って、俺たちを狙う獣になったらどうする」

アイクが食い下がると、サイラスはしばらく黙り込んでから、静かに言い返した。

「そのときは、俺が始末をつける。だが生まれる前から見殺しにするなんて真似は、俺にはできない」

その一言に、誰も反論できなかった。荒くれ揃いのキャンプであっても、命を賭して何かを守ろうとした者の姿を、鼻で笑い飛ばせるほど男たちの心は荒みきってはいなかった。結局、卵の世話は交代制で担うことになった。夜通し火を絶やさぬよう見張る番、日中に温度を確かめる番――誰もが最初は渋々と引き受けていたが、次第にそれぞれが密かに卵の様子を気にかけるようになっていった。一度、火の番を任されていた若い鉱夫がうたた寝をして焚き火を絶やしかけたことがあったが、その晩は珍しくマロンが自ら灰をかき起こし、朝まで卵の傍らに座り込んでいた。

三週間ほど経ったある明け方、殻に細かな亀裂が走り、やがて小さな鼻先がそこから覗いた。見張り番だったサイラスが慌てて仲間を叩き起こし、キャンプ中の男たちが天幕に集まって見守る中、灰色がかった鱗に包まれた小さな竜が、震える体でようやく殻を割って生まれ出た。誰かが小さく歓声を上げ、それに釣られるようにして、屈強な男たちの間から堰を切ったような笑い声が広がった。生まれたばかりの幼竜は、周りの喧噪も知らぬげに、ただ最初に目に入ったサイラスの指先に、そっと鼻面をこすりつけた。

「見ろよ、こいつ、涙も見せずに笑ってるみたいだ」

誰かがそう茶化すと、それまで卵の始末を渋っていたアイクまでもが、幼竜の小さな体を覗き込み、ぶっきらぼうに「腹が空いているんじゃないか」と呟いて、自分の朝食の干し肉を小さく千切ってやった。

三 変わりゆくガルチ

幼竜が生まれてからというもの、モス・ガルチの気風は少しずつ変わっていった。誰が言い出したわけでもなく、幼竜には「幸(さち)」という名がついた。荒くれ揃いの鉱夫たちの間で、そんな柔らかな響きの名がすんなりと受け入れられたことに、当のドクさえ驚きを隠せなかった。

世話の当番は自然と輪番になり、次第に一つの秩序めいたものへと育っていった。かつては殴り合いで決着をつけていた小さな諍いも、「幸が眠っているから静かにしろ」という一声でたやすく収まるようになった。天幕の周りに散らかっていた酒瓶の破片は片づけられ、泥だらけの手も、幼竜に触れる前には渓流で洗われるようになった。誰かが酔った勢いで拳を振り上げかけても、視界の端に丸くなって眠る幸の姿が入るだけで、その拳は行き場を失ったようにゆっくりと下ろされた。かつては罵声の飛び交うだけだった食事どきの焚き火端にも、いつからか、幸の仕草を肴にした穏やかな笑い声が広がるようになっていた。

マロンなどは、誰にも見られていないと思っている時に限って、削り出した木片で不格好な玩具をこしらえ、幸の前にそっと置いていくのが常だった。

「あの偏屈者が、こんなものをな」

アイクがそれをからかうと、マロンは耳まで赤くして「単に暇つぶしだ」と言い張ったが、翌日にはまた新しい玩具が幸の寝床に増えていた。口の悪いアイクにしても、賄いの鍋から真っ先に取り分ける肉の切れ端は、いつしか幸の皿へと回されるようになっていた。誰に指図されたわけでもないのに、キャンプの誰もが少しずつ、自分の分の何かを幸のために差し出すようになっていったのである。

夏の盛りには、幸がようやく短い距離を羽ばたいて飛べるようになった日があった。まだおぼつかない羽ばたきで天幕の屋根すれすれを一飛びし、そのまま地面に転がるように着地した幸を見て、キャンプ中の男たちが仕事の手を止め、歓声とも笑い声ともつかぬ声を上げた。誰かが「祝いだ、今夜は酒を余計に開けよう」と言い出すと、それに異を唱える者は一人もいなかった。その夜の宴は、殴り合いも怒鳴り合いもない、モス・ガルチが始まって以来、最も穏やかな夜として長く語り草になった。

キャンプの変わりようは、外から訪れる者の目にも明らかだった。半年に一度この谷を通り過ぎる行商人は、荷を広げながら目を丸くした。

「前に来たときとは、まるで別のキャンプだな。喧嘩の怒鳴り声より、笑い声の方が多いじゃないか。それに、こんなに手入れの行き届いた天幕を張る鉱夫キャンプなど、他所じゃお目にかかったことがない」

巡回の牧師が立ち寄った折には、天幕の隅で丸くなって眠る幸の姿を見て、感慨深げに呟いた。

「神の御業というのは、時にこうした思いもよらぬ形で現れるものです。この谷の男たちの顔つきが、前に立ち寄った時分とはまるで違って見える」

サイラスは相変わらず、誰よりも幸のそばにいた。渓流のほとりに自らの手で組んだ寝床を据え、日が暮れるとその傍らに腰を下ろし、遠い故郷の牧場で見た羊の群れの話を、幸に向かって静かに語り聞かせるのが習慣になっていた。幸は言葉こそ返さなかったが、サイラスの声を聞くと決まって喉の奥で低く心地よさげな音を鳴らし、彼の膝先に額を押しつけた。

「お前は俺たちの誰よりも、この谷にとって大事な奴になっちまったな」

サイラスがそう呟くと、幸はまるでその言葉を理解したかのように、大きな目でじっと彼を見上げるのだった。ある晩、幸が悪い夢でも見たのか、寝床の中で身をよじらせて小さく鳴いたことがあった。飛び起きたサイラスが慌てて抱き上げると、幸はしばらく震えていたが、彼の胸の鼓動に耳を押し当てるうち、じきに寝息を立てて眠りに落ちた。それ以来、サイラスは寝床を渓流のすぐそばまで寄せ、夜通し幸のそばを離れないようにしていた。

他の男たちも、口にこそ出さないものの、幸の存在がこのキャンプに何かを取り戻させたことを、それぞれの胸のうちで感じ取っていた。金の採掘量は相変わらずだったが、誰の顔にも、以前にはなかった穏やかさが宿るようになっていた。ドクは時折、そんな様子を眺めながら、「あの母竜は、卵だけじゃなく、この谷ごと俺たちに託していったのかもしれんな」と、誰に言うともなく呟くのだった。

峰にかかる雲は、その間もずっと厚みを増し続けていたが、変わりゆくキャンプの喜びに紛れて、誰もそれを気に留める者はいなかった。ドクだけが時折、渓流の水嵩を確かめるように岸辺に佇み、遠くの稜線を見つめては、口の中で何かを呟いていた。「峰の方じゃ、まだ雨が続いてるらしい」と彼が漏らしても、幸の成長に浮き立つキャンプの空気の中では、その一言はいつも溶けるように消えていった。

四 増水の夜

季節外れとも言える長雨が、峰の向こうで幾日も続いていた。麓のモス・ガルチでは晴れ間が覗くこともあったため、男たちはそれを深く気に留めなかった。渓流の水は日に日に濁りを増し、心なしか流れの音も低く唸るようになっていたが、幸の世話と日々の採掘に追われる男たちの目には、その変化はほとんど映らなかった。

その晩、サイラスは幸の寝床のそばで、いつものように故郷の羊の話を語り聞かせていた。渓流のせせらぎに混じって、遠く上流の方角から、これまで聞いたことのない低い唸りのような音が響いてきた。ドクだけがその音に気づき、天幕の外へ飛び出して耳をそばだてた。

「まさか――」

ドクの声が震えを帯びたその瞬間、上流の闇の向こうから、白く泡立つ濁流の壁が、恐ろしい速さで谷を這い下ってきた。

「水だ! 逃げろ、鉄砲水だ!」

ドクの絶叫がキャンプ中に響き渡った。男たちは飛び起き、手近な高台へと我先に駆け出した。天幕は次々と薙ぎ倒され、鍋や道具の転がり落ちる音が悲鳴に混じって谷にこだました。誰もが自分の命を守ることで精一杯だった中、サイラスだけは反対の方向へ、つまり渓流のほとりの寝床へと駆け戻った。

「戻るな、サイラス! 間に合わねえ!」

マロンが暗闇に向かって叫んだが、その声はもはやサイラスには届いていなかった。

「幸! 幸、どこだ!」

暗闇の中、彼は幼竜を寝床から抱き上げると、自らの外套でその小さな体をしっかりとくるみ込んだ。振り返った時には、既に濁流の先端が目と鼻の先まで迫っていた。サイラスは高台を目指して走り出したが、足元の泥がぬかるみ、思うように速度が上がらない。背後から轟音とともに押し寄せた水の壁が、瞬く間に彼の膝を、腰を、そして胸元までを呑み込んでいった。

「サイラス!」

高台から仲間たちが叫ぶ声が届いたが、それに応える余裕はサイラスにはなかった。渦を巻く濁流に足を取られながらも、彼は腕の中の幸を頭上へと高く掲げ続けた。腕の中で幸は小さく身を震わせ、恐怖に怯えたような甲高い鳴き声を一度だけ上げたが、サイラスの胸に額を強く押しつけると、それきり大人しく身を委ねた。

冷たい水の勢いに何度も体を持っていかれそうになりながら、それでも彼は、腕の力だけは決して緩めなかった。一度は流木に片手をかけ、体を持ち上げかけたが、両腕を幸のために塞いだままでは、思うように力を込めることができない。それでもサイラスは、空いた片腕だけで何度も水面から顔を出しては息を継ぎ、高台の明かりを目指して泳ぎ続けた。折れた木の幹が体にぶつかり、視界が濁流の泡で白く染まっていく中、サイラスの意識は次第に遠のいていった。それでも彼の両腕は、最後の最後まで、小さな竜の体をしっかりと抱きしめ続けていた。

五 二つの影

夜が明けると、雨は嘘のように上がっていた。荒れ狂った濁流の跡には、へし折れた木々と流された天幕の残骸が、無残な爪痕となって谷筋に横たわっていた。生き残った男たちは誰一人として言葉を発することなく、下流に向かって捜索を始めた。

サイラスが見つかったのは、キャンプから半里ほど下った河原だった。倒れ込んだ大木の根方に体を引っかけるようにして、彼はうつ伏せに横たわっていた。駆け寄ったマロンが恐る恐る体を仰向けにすると、サイラスの両腕は胸の前でしっかりと組まれたまま、固く強張っていた。そしてその腕の中には、小さな竜の亡骸が、まるで眠っているかのように包み込まれていた。

「……離してねえ」

マロンの声が掠れた。どれほどの水圧に揉まれても、サイラスの腕は最後まで幸を放さなかったのだ。冷たくなった幼竜の体は、彼の胸元に額を押しつけるようにして寄り添っていた。生きていた時と、何一つ変わらない姿だった。

その場に集まった男たちは、誰も声を上げなかった。ただ、屈強な鉱夫たちの目に、隠しきれない涙が滲んでいた。アイクは干し肉を分け与えた朝のことを思い出したのか、拳を口元に押し当てたまま、しばらく動くことができずにいた。ドクは帽子を脱ぎ、崩れかけた声で短い祈りを唱えた。

「よく守り抜いたな、サイラス。お前は、あの母竜の代わりを、最後まで立派に務め上げたよ」

マロンはそう呟くと、サイラスの腕をそっとほどこうとしたが、固く強張ったその腕は容易には動かなかった。結局、男たちはサイラスと幸を、抱き合ったままの姿で担架に乗せ、キャンプまで運び戻ることにした。誰一人として、その腕を無理に引き離そうとする者はいなかった。

その日のうちに、キャンプの男たちは渓流を見下ろす小高い丘に、一つの墓を掘った。誰が言い出すでもなく、サイラスと幸を、同じ墓に、同じ場所に葬ることに、誰一人異を唱える者はいなかった。墓標には彼の名だけが刻まれ、その傍らにマロンが削った不格好な竜の木像が、いつまでも供えられ続けた。土をかぶせる間、誰も鶴嘴を手に取ろうとはせず、荒くれ者揃いのキャンプの男たちは、代わる代わる素手で土を掬い、墓の上に積み上げていった。

モス・ガルチは、それからも金を掘り続ける荒くれ者たちのキャンプであり続けた。だが、あの晩を境に失われた喧噪だけは、二度と元には戻らなかった。誰かが声を荒らげかけるたび、ふと丘の上の墓標を思い出し、拳を握った手を、静かに下ろすようになった。新しくキャンプに流れ着いた者が昔ながらの粗暴な振る舞いを見せても、古参の男たちはそれを咎めるより先に、丘の墓を見上げるよう促した。それだけで、たいていの荒くれ者は、いくらか神妙な顔つきになるのだった。

渓流の水音は相変わらず谷に響き続けていたが、その響きに耳を澄ませるとき、男たちの胸にはもう、あの小さな竜の低い鳴き声が、いつまでも重なって聞こえるのだった。幾年か後、金の出も細り、多くの男たちがこの谷を去っていった後も、丘の上の墓標だけは、誰かの手によって絶えず綺麗に保たれ続けたという。

あとがき

ブレット・ハートの短編『ローリング・キャンプの「幸運」』は、1850年代のゴールドラッシュに沸くカリフォルニアの荒くれ鉱夫キャンプに生まれた身寄りのない赤子を、粗野な男たちが「幸運(ラック)」と名付けて代わる代わる育てるうち、殺伐としたキャンプの空気が次第に穏やかなものへと変わっていく様を描いた一編である。だがある晩、季節外れの豪雨による鉄砲水がキャンプを襲い、赤子を最も可愛がっていた鉱夫が濁流の中で赤子を抱きかかえたまま息絶え、二人は共に発見されるという結末を迎える。

本作では、原作の赤子を、瀕死の母竜が命を賭して守り抜いた卵から孵る幼竜に置き換えた。幼竜は言葉を持たず、物語に能動的に介入することも一切なく、終始「荒くれ者たちに守られ、愛される幼い存在」としてのみ機能し、キャンプという共同体を静かに変容させる触媒であり続ける。原作の構造――共同体の再生と、そのあとに訪れる災害による喪失――はそのまま踏襲しつつ、赤子と鉱夫たちの関係、幼竜の生い立ちの経緯、キャンプの名や登場人物、結末に至る細部の描写はすべて独自に創作した。

登場人物名、キャンプの名称、幼竜にまつわる詳細な設定はすべて独自に創作したものであり、原典の翻訳や逐語的な引用は一切行っていない。


本作はブレット・ハート(Bret Harte)著『The Luck of Roaring Camp(ローリング・キャンプの「幸運」)』を参考にした翻案作品です。

本作はブレット・ハート(Bret Harte)の『The Luck of Roaring Camp』を参考にした作品です。原典