物語雳
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·読了目安 14分脇役

竜は独りの誓いには応えなかった

独りで栄光を摑もうとする剣士が都で得た三人の朋輩。彼らの背中合わせにのみ応える守護竜は、私怨に駆られた仇討ちの前で沈黙する。結束は、独りの剣では灯らない。

一 独り、都へ

辺境ガレンヌの土埃を鞍にまとわりつかせたまま、カシアンは王都の城門をくぐった。

痩せた葦毛の馬と、父から譲られた刃こぼれ一つない細身の剣。持ち物といえばそれだけだったが、カシアンの胸の内には、それを補って余りある野心が詰まっていた。近衛銃士隊――王家の剣として名を馳せるあの精鋭たちの一員となり、いつか誰もが知る勇者として名を残す。そのためだけに、彼はガレンヌの草原と、年老いた父の営む小さな牧場を後にしてきたのだった。

故郷を発つ朝、父はいつまでも鞍を撫でる息子の傍らに立ち、剣の稽古よりも先に、ひとつの古い言い伝えを語って聞かせた。

「銃士隊には、竜がいる。フィデリオという名の、隊の創設以来の守り神だ」

「竜が銃士なんかを守るのか。それなら俺が入る前に、何百回もその竜とやらの加護を見てきたんだろうね」

若いカシアンは笑い飛ばした。父の顔に浮かんだ複雑な陰りには、気づかぬふりをした。

「見た者は少ない。フィデリオは、独りの武勇には決して応えない。複数の者が、私心を脱ぎ捨てて本当に心を一つにした、その一瞬にしか姿を見せぬという。わしは三十年隊に奉じたが、その気配を感じたのは、数えるほどしかない」

「心を一つに、か。俺には縁のない話だな」

カシアンはそう受け流し、父の言葉の重みを、荷物と一緒に馬の背に括りつけたまま、都までの十日の道のりを独り駆けてきた。野宿の夜、焚き火の向こうに広がる星空を見上げながら、彼はいつも同じ夢を見た。剣を掲げ、群衆の喝采を浴びる自分の姿。その光景の中に、他の誰かが並び立つことは、決してなかった。

剣の腕には自信があった。決闘で名を上げ、隊長の目に留まり、いずれは独りの力で頭角を現す――それがカシアンの描く未来図だった。誰かと肩を並べる必要など、どこにもないはずだった。父の語る竜の話は、老いた元銃士の懐古趣味に過ぎないと、彼は高を括っていた。

都の大通りは、噂に違わぬ喧騒に満ちていた。露店の呼び声、貴族の馬車の車輪の音、酒場から漏れる哄笑。石畳を行き交う人々の間を縫うように、色とりどりの旗が軒先にはためき、遠くから聖堂の鐘が正午を告げていた。田舎剣士の目には、その何もかもが眩しく映った。

人混みを縫って歩くうち、カシアンは不注意にも、すれ違いざまに黒衣の紳士の肩へ強く肘をぶつけてしまった。

「失礼」

短くそう詫びて通り過ぎようとしたが、黒衣の男――寡黙な佇まいと、酷薄なまでに整った顔立ちを持つ、隊服からして銃士隊の一人と知れる男――は、ゆっくりと振り返った。

「無礼を働いておいて、その口ぶりか」

「わざとではない。それとも、肩をぶつけられただけで剣を抜くのが、都の作法か」

言葉が尖った。売り言葉に買い言葉で、その場に決闘の約束が生まれた。男の名はオズウィン。夕刻、修道院裏の空き地でという取り決めを交わし、カシアンはなおも大通りを進んだ。

だが災難は重なるもので、荷運びの荷車を避けようとした拍子に、今度は恰幅のいい大男の外套の裾を踏みつけてしまう。

「これはこれは、田舎剣士殿の足取りは、ずいぶんと軽やかで羨ましい。仕立てたばかりの外套だというのに」

皮肉たっぷりに嘯いたのは、豪快な笑い声と共に己が武勇伝を語ることを好むゴティエという名の銃士だった。これもまた決闘の約束に発展し、時刻は同じ夕刻、場所だけを変えて取り決められた。

さらに追い打ちをかけるように、聖堂の階段で祈りを捧げていた線の細い青年――優雅な物腰の裏に鋭い剣気を隠す、セルヴァンという名の銃士――の外套の裾に、カシアンの持つ手巾が風に流されて引っかかり、これも決闘の火種となった。青年は静かに、しかしどこか楽しげにさえ見える表情で決闘を申し出た。

一日のうちに三つの決闘を抱え込んだカシアンは、宿の窓辺でひとり苦笑した。

「三人ともバラバラに斬り伏せてやれば、都に来て早々、俺の名は知れ渡るだろうな」

その考えのどこにも、心を一つにするという発想はなかった。カシアンにとって、強さとは常に独りで示すものだった。夕暮れの鐘が鳴るまでの短い時間、彼は宿の粗末な寝台に横たわり、故郷を出る朝に見た父の陰った顔を、なぜか繰り返し思い出していた。窓の外では、都の喧騒が絶えることなく続いていた。

宿の主人に、決闘場所への道を尋ねたとき、老いた主人は箒を止め、怪訝そうにカシアンの顔を覗き込んだ。

「あんた、今日来たばかりだろうに、もう三つも決闘の約束をしたのかい」

「腕試しには、ちょうどいい数だと思っただけだ」

「銃士様がたを甘く見ないほうがいい。あの人たちは、束になれば都随一と言われている。だが、一人ずつと当たるだけなら、勝ち目もあるだろうさ」

老主人はそう言って、含みのある笑みを浮かべた。カシアンはその言葉の意味を深く考えることなく、剣の手入れに取り掛かった。研ぎ石を滑らせる音だけが、薄暗い部屋に規則正しく響いていた。窓の外の空が、次第に橙色から藍色へと色を変えていくのを、彼は横目に見ていた。

二 背中合わせの誓い

夕刻、修道院裏の空き地に現れたオズウィンは、開口一番、驚いた様子でこう言った。

「先ほどの田舎者か。それに――」

そこへ、同じ場所に呼び出されていたゴティエとセルヴァンが、次々と姿を現した。三人の銃士は互いに顔を見合わせ、一様に苦い笑みを浮かべた。同じ相手に、同じ刻限、同じ場所を指定するとは、この新参者はよほどの命知らずか、あるいはよほどの間抜けかのどちらかだった。

「一人でいいのか、三人まとめてか。好きな方を選ばせてやろう」

ゴティエが豪快に笑いながら言った。カシアンは剣の柄に手をかけ、三人の顔を順に見回した。恐れよりも、むしろ昂りが胸を満たしていた。三人まとめて相手にできるなら、それこそ都での初陣にふさわしい。

その時、空き地を囲む生垣の向こうから、鎧の擦れる音が響いた。現れたのは、宰相ヴァルモンの紋を掲げる近衛兵の一団だった。名門貴族と癒着し、王家の力を削ぐことに執心する宰相の手の者が、公然の決闘を口実に、目障りな銃士たちを一挙に葬るべく待ち構えていたのだ。灯りの乏しい空き地に、十を超える人影が音もなく展開していく。

「決闘は預けだ、田舎者。今は、こっちが先だ」

オズウィンが静かにそう言い放ち、剣を抜いた。ゴティエとセルヴァンも、迷わず得物を構える。カシアンは一瞬迷ったが、多勢に無勢の近衛兵の数を見て取ると、抜き身の剣を手に、三人の輪に飛び込んだ。

「借りは、後で返してもらう」

四人は自然と背中合わせの陣形を取った。誰が指図したわけでもない。剣を交える呼吸の中で、互いの死角を無言のうちに埋め合う動きが生まれていた。カシアンの剣は独りで振るうときとは違う軌道を描き、味方の隙を庇うように動いていた。右から迫る槍を払えば、その動きが自然とオズウィンの側面を守り、ゴティエの怒号じみた掛け声が、セルヴァンの繊細な剣捌きに間合いを作っていた。

戦いの最中、ふと空気が変わった。

夕闇の中に、どこからともなく、金色の光の粉のようなものが舞い落ちてきた。それは炎でも星屑でもなく、確かな重みを持つ気配として、四人の肩先を掠めていく。近衛兵の一人が、目に見えぬ何かに気圧されたように後ずさり、体勢を崩した。その隙を突いて、四人は瞬く間に敵を退けた。

最後の近衛兵が逃げ去るのを見送りながら、オズウィンが呟いた。

「――フィデリオか」

「今、何と」

カシアンが問い返すと、オズウィンは剣を鞘に納めながら、初めてまともにカシアンの顔を見た。息はまだ乱れていたが、その目には値踏みするような色があった。

「銃士隊に伝わる竜の名だ。お前、何も知らずに剣を抜いたのか」

「父から、話には聞いた。独りの武勇には応えない竜だと。三十年隊にいた父でさえ、その気配を感じたのは数えるほどだと」

「その父君は、良い教えを授けたようだ。奴は、複数人が私心を捨てて本当に心を一つにした、その一瞬にしか応えない。今のがそれだ。お前は今、独りで剣を振るったつもりだろうが、実際には俺たちを庇っていた。だからこそ、竜は僅かに応えた」

セルヴァンが息を整えながら付け加えた。

「隊の創設者たちが交わした古い誓いがある。一人の剣がどれほど鋭くとも、それだけでは何も守れない――四人が一つになって初めて、フィデリオは我らの盾となる、と」

ゴティエが、カシアンの肩に太い腕を回した。外套はすでにあちこち擦り切れていたが、彼はそれを気にする素振りも見せなかった。

「借りは、決闘ではなく、隊への推薦状で返してもらおうか。今日のお前の剣は、悪くなかった」

戸惑いながらも、カシアンは差し出された言葉を拒めなかった。独りで名を上げるはずだったこの都で、思いがけず三人の朋輩を得たことに、彼自身、まだ実感が追いついていなかった。空き地に残された金色の光の粉は、風に流されるように、いつの間にか跡形もなく消えていた。

三 深まる絆、忍び寄る影

それから数か月、カシアンは正式に銃士隊の一員として迎えられた。

稽古場での鍛錬、安酒場での他愛のない語らい、互いの過去を少しずつ明かし合う夜――オズウィンが多くを語らぬまま抱える過去の傷、ゴティエが見栄と借金の間で揺れる胸の内、セルヴァンが剣と信仰の狭間で見せる複雑な横顔。稽古場の砂埃の匂い、勝敗のあとに交わす一杯の安酒、宿直の夜に交代で見張りに立つ静かな時間。そうした些細な積み重ねの中で、カシアンは、独りで頂点を目指していたはずの自分が、いつしか三人の存在なしでは物足りなさを覚えるようになっていることに気づいていた。

そんな折、カシアンは王妃付きの侍女リオラと出会った。宮廷の回廊で書状を取り落とした彼女を助けたことがきっかけだった。彼女は王妃アデライードの信頼篤い側仕えで、澄んだ眼差しと芯の強さを併せ持つ女性だった。二人の間には自然と心が通い、逢瀬を重ねるうちに、やがてカシアンはリオラを通じて、宮廷を揺るがしかねない秘め事に触れることになる。

王妃と、隣国の使者として都を訪れたアルビオン公との間には、政略とは無縁の、古い友誼があるだけだった。だが宰相ヴァルモンは、その友誼を歪めた噂に仕立て上げ、王妃の名誉を貶めることで王の信を得ようと企んでいた。証拠となりうる私信を握り潰すため、ヴァルモンが放った間諜こそ、イヴェーヌという名の妖艶な女だった。

「あの女には気をつけろ」

オズウィンがそう警告したとき、その声にはただの忠告以上の翳りがあった。カシアンはそれを深く追及しなかった。今は、リオラから託された私信を国境の向こうまで無事に届けるという任務が、四人の前に立ちはだかっていたからだ。

宮廷の舞踏会で、カシアンは初めてイヴェーヌと言葉を交わした。深紅の衣をまとい、扇の陰から人を値踏みするような視線を送るその女は、噂に違わぬ美しさを湛えていた。

「新入りの銃士様は、随分と血気盛んだと伺っておりますわ」

「買いかぶりです。俺はただ、仲間のために剣を振るっているだけだ」

「仲間、ですか。都に来たばかりの田舎者が、ずいぶんと便利な言葉を覚えたこと」

イヴェーヌはくすりと笑い、それ以上は何も言わずに人混みの中へ消えていった。その後ろ姿を見送りながら、カシアンは言いようのない胸騒ぎを覚えたが、その正体を突き止める前に、リオラに呼ばれて舞踏会の広間を後にした。

「なぜ、そんなに顔が硬いんだ」

出立の朝、ゴティエが軽口を叩いた。オズウィンは短く答えるだけだった。

「あの女の名を、久しぶりに聞いただけだ」

道中、ヴァルモンの手の者による待ち伏せが幾度となく襲った。矢の雨、崖道での奇襲、偽の道案内――そのたびに四人は、独りよがりの判断を捨て、互いの意志を確かめ合いながら切り抜けた。夜営の焚き火を囲みながら、セルヴァンが低い声で祈りの言葉を唱え、ゴティエが誰にともなく武勇伝を語って場を和ませ、オズウィンは黙って剣の手入れを続ける。カシアンは、自分の剣がもはや自分だけのものではないと、身をもって知っていった。

国境近くの渓谷で最後の襲撃を受けたとき、崩れた橋の上で四人は完全に孤立した。矢が尽き、体力も尽きかけたその瞬間、四人は誰からともなく手を取り合い、橋の残骸に身を寄せて円陣を組んだ。眼下には切り立った崖と、月明かりを弾く川面が見えた。

夜空が、不意に金色に染まった。

雲の切れ間から、巨大な竜影が舞い降りてきた。全身に星屑のような光を纏う竜は、四人を囲む敵兵の頭上を一撫でするように翼を振るい、それだけで敵の陣形を粉々に崩した。カシアンは初めて、フィデリオの全き姿を目にした。長い首、幾重にも重なる鱗、そのどれもが夜空の星を映し込んだように輝いている。その眼差しは獰猛さよりも、深い慈しみに似た色を湛えていた。

「これが……」

言葉を失うカシアンの肩を、オズウィンが静かに叩いた。

「見えたな。お前たちが、本当に一つになった証だ」

任務は成功し、私信は無事に王妃の手へと戻った。カシアンとリオラは、任務の合間に交わすわずかな時間の中で、互いへの想いを確かなものにしていった。だがヴァルモンの野心は、これしきの躓きで潰えるものではなかった。都に戻ったカシアンを待っていたのは、これまでとは比べ物にならない、深く暗い罠だった。

四 砕ける誓い、独りの復讐

イヴェーヌの本性が牙を剝いたのは、それから間もなくのことだった。

王妃の周辺を探るうち、リオラが密使としての役目を担っていることを突き止めたイヴェーヌは、偽の呼び出しでリオラを人目のない場所へ誘い出し、毒を盛った。カシアンが駆けつけたときには、すでに手遅れだった。青白い顔で横たわるリオラは、消え入るような声で「後悔しないで」とだけ言い残し、カシアンの腕の中で息を引き取った。

葬儀の後、悲嘆に暮れるカシアンのもとに、オズウィンが重い口を開いた。冷たい石畳に座り込んだまま、彼は俯いて言葉を選んでいた。

「イヴェーヌには、忘れられない過去がある。あの女は、かつて俺の妻だった」

若き日、身分違いの恋に落ち、秘密裏に娶った女。だがある日、彼女の肩に、重罪人の証である焼印があることを知り、絶望のうちに縁を切ったのだと、オズウィンは苦渋の表情で語った。死んだと思っていた女が、姿を変えて生き延び、今また新たな罪を重ねている。

その話を聞いたカシアンの中で、悲しみは急速に、鋭い復讐心へと形を変えていった。膝の上で握った拳が、白くなるほど強張っていた。

「俺が、この手であの女に決着をつける」

「待て、カシアン。独りで動くな」

オズウィンの制止も、ゴティエの呼びかけも、セルヴァンの説得も、カシアンの耳には届かなかった。仲間と分かち合うべき怒りを、彼は独り占めにしようとしていた。夜の裏路地、イヴェーヌの潜伏先と目される館へ、カシアンは仲間に何も告げぬまま単身向かった。

その道すがら、いつもならば背後にあるはずの温もりを、カシアンは感じなかった。かつて渓谷で見た金色の光は、どこにもなかった。館の手前の路地で、待ち伏せていたヴァルモンの手の者に囲まれたとき、フィデリオの気配は完全に沈黙していた。頼りになるはずの気配の不在が、剣を握る手にじわりと冷たい汗をにじませた。

剣を振るいながら、カシアンは初めて恐怖に似た感覚を覚えた。独りで挑む戦いに、竜は応えてくれない。数を頼みに迫る敵の刃が、確実にカシアンの命を削り取ろうとしたその刹那、横合いから飛び込んできた影があった。

「言った通りだろう。独りでは、何も守れんと」

オズウィンだった。追ってきていたのだ。二人がかりで辛くも囲みを破ったものの、カシアンの肩には深い傷が刻まれていた。血の滲む肩を押さえながら、カシアンは荒い息の下で呟いた。

「なぜ、フィデリオは来なかった」

「お前が、一人だったからだ」

オズウィンの声は静かだったが、痛みを堪えるような響きがあった。石畳に座り込み、二人はしばらく口を利かなかった。遠くで犬の吠える声だけが響いていた。

「俺も、かつて同じ道を歩みかけた。妻を憎み、独りで裁こうとした。だが復讐は、何も取り戻しはしない。ただ、お前の中にある、俺たちと分かち合ったはずのものを、少しずつ食い潰していくだけだ」

カシアンは、傷の痛みよりも深いところで、何かが軋む音を聞いた気がした。それでもなお、リオラを奪われた怒りは、そう簡単には収まらなかった。

「わかっている。だが――」

その先の言葉を、カシアンは飲み込んだ。迷いを抱えたまま、彼は夜の闇の中に立ち尽くしていた。

五 四つの剣、竜の目覚め

翌朝、カシアンは仲間に何も告げず、イヴェーヌが潜むという郊外の廃教会へ一人で向かった。決着は独りでつけるべきだと、まだどこかで思い込んでいた。傷の痛みを堪えながら馬を駆る道すがら、彼の頭にはリオラの最期の言葉と、オズウィンの語った言葉とが、代わる代わる浮かんでは消えていった。

廃教会の前に立ったとき、彼はこれまでにない冷たさを感じていた。それは朝の冷気のせいではなく、常にどこかで感じていたはずの、あの温もりが完全に失われていることによる冷たさだった。剣を構える手が、初めて震えた。

「一人で来たのか」

背後から声がした。振り返ると、オズウィン、ゴティエ、セルヴァンの三人が、朝靄の中に立っていた。

「跡をつけたのか」

「お前が一人で突っ走るのは、これで二度目だ。三度目を許すほど、俺たちは薄情じゃない」

ゴティエが、いつもの豪快さの中に、確かな真剣さを滲ませて言った。セルヴァンが一歩進み出る。

「リオラを奪われた怒りは、お前一人のものじゃない。俺たちも同じものを胸に抱えている。オズウィンの過去の傷も、お前だけが背負う理由はない」

「だったら、一緒に――」

「仇討ちとしてではなく、裁きとして立て」

オズウィンが、カシアンの言葉を遮るように言った。朝靄の向こうから差す薄明かりが、彼の横顔を静かに照らしていた。

「私怨で彼女を斬れば、お前はただの人殺しに成り下がる。だが、彼女の罪をすべて明るみに出し、この国の法のもとに引き渡すというなら、それは俺たち四人の――いや、彼女に傷つけられたすべての者の、正当な戦いになる」

その言葉に、カシアンの中で凝り固まっていた何かが、静かにほどけていくのを感じた。独りで振るう剣ではなく、皆で支える正義。それこそが、この都に来て彼が本当に手に入れたものだった。

「わかった。……行こう、皆で」

四人は並んで廃教会の扉をくぐった。中で待ち構えていたイヴェーヌは、四人が揃って現れたことに、初めて動揺の色を見せた。彼女は隠し持っていた短剣を抜いて抵抗を試みたが、四人の連携の前に、なす術もなく取り押さえられた。

その瞬間、廃教会の崩れた天井から差し込む朝の光が、不意に金色に濃さを増した。

フィデリオが、その全き姿を現した。星屑を纏う巨躯が、四人の頭上に静かに舞い降り、翼を大きく広げる。かつて渓谷で見た輝きよりも、なお深く、澄んだ光だった。私怨を捨て、共に立つことを選んだ四人の姿を、竜は満身の姿で以て祝福していた。崩れかけた聖堂の柱の影に、金色の光が幾筋も落ち、埃っぽい石床までもが、その瞬間だけは荘厳な輝きに満たされていた。

イヴェーヌは、王妃陰謀の首謀者として、また過去の重罪の逃亡者として、正式に捕らえられた。宰相ヴァルモンの企みは白日の下に晒され、王妃の名誉は守られた。だが、その顛末を誰よりも喜ぶべきはずのカシアンの胸には、リオラを失った空白が、静かに残り続けていた。

数日後、四人は郊外の小高い丘に立ち、リオラのために小さな墓標を立てた。丘を渡る風が、墓標に供えた花を揺らす。オズウィンが、静かに口を開いた。

「お前は、独りで彼女の仇を討つこともできた。だが、そうしなかった」

「独りで討っていたら、俺は今頃、フィデリオの気配さえ二度と感じられなくなっていただろうな」

カシアンは、丘の向こうに広がる都の景色を眺めながら、そう答えた。かつて独りで名を上げることだけを夢見ていた青年の面影は、もうそこにはなかった。

「一人は皆のために、皆は一人のために。父の言葉の意味が、今なら少しわかる気がする」

ゴティエが笑いながらカシアンの背を叩き、セルヴァンが静かに祈りの言葉を口にした。四人の影が丘の斜面に長く伸びる中、どこからか、微かな金色の光の粉が、風に混じって舞っているような気がした。それが幻であったとしても、四人は誰も、それを確かめようとはしなかった。ただ肩を並べ、都へと続く道を、共に歩き出した。

本作はアレクサンドル・デュマ(共作:オーギュスト・マケ)の『三銃士(Les Trois Mousquetaires、1844年刊)』を参考にした作品です。原典